Episode


【 アスライーゼ王の憂鬱 】






 【浮遊城】の異名を取る、機械王国アスライーゼの王城。
 城主は御年二十八、だが見た目は少し若い、未だ独身の女王である。
 その名はフェリーシア=フェルディナント=ララアスライゼZ世。
 ミドルネームは出身家の姓。フェルディナントは、獣人界の頂点に立つ竜族・ドラゴーネ王族の姓だ。



「いつまで独身でいらっしゃるおつもりですか?」

 いつまで経っても結婚する様子が見られない王の身を案じてか、常に傍に控えている執事が、唐突に話を切り出した。
 王はというと、玉座の間で恥じらいも無く床に座り込み、甥っ子愛用の魔猟銃をいじくっている真っ最中である。

「余計なお世話だ」

 その手を休めることなく、フェリーシアは無愛想に答える。エメラルドの瞳は魔猟銃に釘付けだ。

「そうは参りません。いくら見た目が少しばかり若いからと言って、もう二十八になられるのです! このままだと甥御殿に先を越されてしまいますぞ!」

「勝手に先を越せばいいだけの話だろう」

 言う事を聞きそうにない王の姿に呆れ、執事は声を荒げた。

「貴女がそんな風だから……実は竜王殿に恋焦がれているとか、実はもの凄い歳下の少年が趣味だとか、そんなおかしな噂が立つのです!」

 “もの凄い歳下の少年”とは、甥っ子の従者のことであろう。
 あまりにも有り得ない話に、フェリーシアはわざとらしく大きな溜め息を吐いてみせた。

「人間というのはくだらんな。そんな馬鹿げた噂話を信じるのか。第一、私がロックウェルに恋心など抱くわけがなかろう。あれは兄の息子で、私にとっては弟みたいなもんだ。それに近親愛なんぞ、私はまっぴらゴメンだね」

 何を言っても無駄だろう。
 一生懸命に魔猟銃いじりを続ける王には、どんな説得も通用しそうに無く、執事はついに強硬手段に出た。

「こうなったら見合いをしてもらいますぞ!」

 執事の提案はフェリーシアの度肝を抜き、そして王の見合い計画は確実に準備を進められていったのだった。




◆    ◆    ◆




 浮遊城・アスライーゼは、本来は世界の東方に領地を持つ。実は浮遊しているのは王宮ではなく、見回り用の要塞なのである。だが、国王が常にそちらにいるため、ほぼ王城と化しているのだ。王の見合い計画は、領地に落ち着いてから遂行される事となった。
 見合い相手は、アスライーゼの隣国・ロイゼの、王の弟君だそう。容姿端麗・頭脳明晰、兄である国王を補佐するロイゼ国内でも人気高い好青年である。
 歳は二十六とフェリーシアより歳下であるが、「貴女は見た目が若いから何とかなるでしょう」と、執事は素っ気無い発言をした。
 執事の長い説明を、フェリーシアはひどいふくれっ面で聞いていた。
 面倒くさいだの、つまらないだの、散々文句を言ってみたが、今回の執事は思いのほか頑固一徹で、何を言っても無駄。あれよという間に見合い会場へと引きずられていった。


 見合い会場であるアスライーゼ城・会食の間では、ロイゼ王の弟君(おとうとぎみ)が、緊張の面持ちで待っていた。
 彼はこの見合い話を速攻で受けたらしいが、その理由になどフェリーシアは全く興味を持たないだろう。
 やがて会食の間の扉が開かれると、弟君とその側近二名は、カチコチに固まっていた肩を跳ね上がらせた。

 扉の向こうから現れたのは、この世のものとは思えぬ美しさを持った人。
 元が整っているので化粧は極力薄めだが、真の姿を思わせる白いドレスが豪奢な金髪を際立たせている。
 空の王者である竜王のそれと同じ色をした瞳は、意志の強さを表すかのような輝きを持つ。
 可憐な容姿はとても二十八には見えない。自分より歳下にしか思えないと、弟君はすっかり彼女に見惚れていた。
 アスライーゼ王はドラゴーネの、しかも王族出身。気高さと美しさを兼ね備えた賢君であるという噂は本当であった、と思いながら。

「お待たせしてしまって申し訳ありませんでした」

 長テーブルを挟み、弟君と向かい合ってフェリーシアが腰掛けると、傍に立った執事が深く頭を垂れて謝罪した。
 何もそんなに下手に出る事も無いだろう、とフェリーシアは軽く溜め息を吐く。ちらと視線を向けると、テーブルの向こう側の男は、恐縮といった風で、非常に焦っていた。

 それから会食は順調に進んでいるように見えた。
 が、終始話を盛り上げているのは弟君で、フェリーシアはというと、適当に話を聞いているだけで、内心は既に飽きていた。

 ――つまらん。

 早くこの場から逃げ出したい。
 そんな風に思った時だった。

「し、失礼いたします!!」

 会食の間の扉が勢い良く開け放たれ、その場にいた者全ての視線が一斉に集中した。
 現れたのは、青ざめて大焦りのアスライーゼ兵団・第二師団副長であった。

「何事だ」

 かすかに笑みを浮かべつつ、フェリーシアが冷静を装って問いかけると、副長は片膝を付き、深々と頭を垂れた。

「じ、実は、アーゼル上空にワイバーンの群れが現れまして……! それもかなりの数とのこと。先程竜王殿が向かわれたのですが、それでも追い払えるかどうか……」

 アーゼルとはアスライーゼ南部の町で、ワインの名産地である。
 実は日に五本は開けられるほど、フェリーシアはアーゼルワインがお気に入りであった。

 派手に椅子を転がし、フェリーシアが立ち上がった。
 何事かと執事が渋い顔をしている間に、フェリーシアは窓際まで駆け寄ってガラス窓を勢い良く開け放ち、窓枠に足をかけた。

「な、何をなさるおつもりですか、フェリーシア様! 今は会食の最中ですぞ!」

 執事と給仕の者が数名、慌てて取り押さえようとしたが、女王の背から現れた真っ白な翼に振り払われ、床に尻をついた。

「国民に危機が迫っているというのに、呑気に見合いなどしていられるか!」

 振り返り、怒声を撒き散らしたアスライーゼ王の瞳は、真っ赤に染まっていた。

「行って来る」

 ふっと不敵な笑みを残し、フェリーシアは大空を翔けていった。
 彼女が守ろうとしていたのが実はワインだなどと、誰が知り得ただろうか。



 その後、カンカンに怒ったロイゼの側近達に対し、執事と給仕の者達、そしてなぜか第二師団副長までもが必死になって頭を下げていた。
 が、怒っているのは側近達だけであった。

「素敵だ……!」

 そのつぶやきに、皆が弟君に視線を集める。彼の瞳はハートになっていた。

「国民を想ってこそ、一国の主! さすがはアスライーゼ王! やはり私の想っていた通りの素晴らしい女性だった!」

 ひとり感銘を受けて涙を流す弟君の姿に、執事達はおろか、彼の側近すらも唖然としていた。
 そんな彼は、ロマンチストとしても有名だそう。


 それからというもの、毎日毎日プレゼントやら花束やらがフェリーシア宛に届けられたそうな。


 アスライーゼ王は、もうしばらく独身生活を送ることになりそうだ。






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