Light & Darkness


Sequel 10−








 ガイデル上空はどの空よりも濃い闇に包まれていた。月は隙間なく流れる雲に覆い隠されてしまい、強い風でも吹かない限りその光が地上に届くことはないだろう。まるで、そこに巣食う悪意の強さを象徴しているかのようである。
 二人の男と小さな竜を乗せた飛竜は、闇夜の空を我が物顔で翔けていた。悠々と翼を広げながら高度を下げてゆくと、徐々に城下町の明かりが近づいてくる。
 ガイデルの城下町は、アスライーゼ同様に賑やかだ。水路を流れる水のごとく路地を人が流れ、喧騒の合間で笑い声が響き、時に争いが起こる。
 だが、その場に巨大な飛竜が現れた途端、どの表情も一様にして固まり、揃って空を見上げた。街並みの屋根すれすれで飛翔する竜が疾風を起こし、衣服や髪だけでなく地面の塵やゴミをも舞い上げる。
 瞬きする間に過ぎ去っていった竜の姿を城下の人間達は呆然と見上げ、しばしその場が凍り付いていた。

 飛竜は城下町を過ぎ去り、ガイデル城上空を旋回した。竜の背では、ロックウェルがゴーグル越しに瞳を細めて様子をうかがっている。その視線は鋭い。
 どうあっても目立つ風貌のため、目撃されれば奴は姿を見せるかも知れない。そう思っていたが、しばらくしても動きがないため、諦めてロックウェルが口を開いた。

「お前達はレインとフェイを探せ」

 その言葉に、背後にいた竜型ファルシオンは首をかしげた。
 フェリーシアはともかくとして、ここでレインを助けに行くのは、ロックウェルではないのだろうか。レインにしても、彼が救いに来てくれる方が喜ばしいはず。捕らわれの姫の救出は、いつの時代も王子の役目だ。

「え、ロックウェル様が行くんじゃないんですか?」

「……お前らがあいつを止められるというなら、いくらでも代わってやるが」

 問いかけに、ロックウェルは振り向きもせず返答した。ふかした煙草の煙が、広い背中越しに立ち昇ってゆくのが見える。
 要するに「俺のこの抑えきれぬ怒りを押しのけて、あいつとやり合う度胸があるのか?」という脅しであるが、その真意を理解出来るのは、恐らくファルシオンくらいであろう。
 レインにフェリーシアにブリューナク――まんまと裏をかかれて大切なものを奪われ、このまま引き下がっていられようか。ついでにアスライーゼをも襲撃され、“アスライーゼに白き竜あり”と言われる今、“竜王”としてのプライドは奈落のどん底に突き落とされた気分である。
 可愛い恋人を他人に救われるのはとてつもなく気に入らないが、カイザーだけは自ら始末をつけねば気が治まらない。
 噛み潰された煙草の状態で、彼の苛立ちの強さが計り知れた。

 竜王と付き合いの短いサラは、発言の裏に潜む真意に気付きもせず、止められないんですか? と馬鹿正直に問いかけた。相手は腕に抱えたファルシオンだ。
 ファルシオンは苦笑しながら首を横に振った。たぶん無理だろうと。というよりも、本気でダークネスとやり合おうと思うなら、まずロックウェルを相手にしなければならないのだから。
 ついでにブリューナクも取り返して来いと付け加えると、ロックウェルは立ち上がり、迷う素振りも見せずに空を翔ける竜の背から飛び降りた。長く伸ばした真っ白な髪がなびき、薄茶のコートが、まるで翼のようにひるがえった。

 闇に沈んでゆく主(あるじ)の安否も気にかけず、次いでサラは狼に姿を変え、その背に金色の小竜をくっ付けたまま、眼下の城を目標に飛び降りていった。
 闇夜に取り残された飛竜は、鳴き声を上げながら空高く昇っていった。




 ファルシオンとサラは、窓のように四角く壁が抜けた通路に目をつけ、城内侵入を企てた。器用に壁に張り付いていたサラは、においで近くに人の気配がないことを確かめ、巨体を滑らせて四角い枠から入り込んだ。見張り兵の姿もなく何ともあっさり成功したので拍子抜けしたが、とりあえず人型に戻り、やる気を奮い立たせて作戦を練る。

「ひとン家って、どうなってるか全くわかんないよね」

 がらんとした通路のど真ん中で、ファルシオンは腕組をして唸った。その隣でサラがうんうん頷いている。侵入者という自覚も遠慮もない堂々とした態度である。
 与えられた使命は、レインにフェリーシアにブリューナク――奪われたもの全て取り返してくることだが、何と言ってもここは見知らぬ城。当然二人とも初めて来たわけであって、住み慣れたアスライーゼ城とは違い、内部構造も何もわからないのだ。そんな場所を一人で歩き回るのは危険が伴うが、三つもあるのだから手分けした方が効率よいと考える。
 通路は右へ左へと続き、城の内部へと繋がっているようだ。とりあえず、近くを探ってみようという事で話はまとまった。

「じゃあ、俺は左に行ってみるから、サラちゃんは右へ行ってみて。しばらくしたら、またここで落ち合おうね」

「わかりました」

 笑顔で両手を振りつつ去ってゆく主に、サラは軽く手を振り返した。




 一人になったファルシオンは、とにかく目に付いた扉を手当たり次第に開け放ち、室内の様子をうかがっていた。ファルシオンが現在位置する一帯はどうやら客間が続いているらしく、ほとんどが無人の状態だ。運良く誰もいなかったから良いものの、見つかったらまずいという事実を、彼はあまり気にしていない。

「おーい、誰かいませんかー?」

 こっそり顔をのぞかせ声をかけたが、やはり誰もいない。
 ファルシオンは残念そうに溜め息を吐き、最後の部屋の扉を閉めた。というか、ここまで人気がないなんて、この国大丈夫だろうかという気持ちさえ生まれてくる。誰かを捕まえて情報を聞き出そうにも、人っ子ひとりいないのだからまるで話にならない。
 壁に寄りかかり、腕組をしてこの先どうしようかと考える。
 何気なく通路を見回し、天井の高さ、幅などを確認してみた。等間隔に設けられた石柱は凝った設計で、一本置きに長さが異なっており、短いものは天井に届く間に天辺がある。いざ闘う時は、そこも足場になりそうだ。通路にしては天井は高く、幅も広い。思う存分やれる空間だ。
 フェリーシアとブリューナクはともかく、レインだけは早く探し出さなければならない。彼女の身に何かあれば、ロックウェルの怒りを買うこと間違いなしだ。最悪の状況を想像して、ファルシオンは震え上がった。

 情報収集のため、できれば気の弱そうなメイドさんあたりに出会えると嬉しい。そんな風に考えていたが、程なくして通路を歩いてきたのは二人の兵士だった。金具のぶつかる音で、しっかり武装しているのがわかる。
 ファルシオンは大慌てで竜に変身し、周囲を見回したが、隠れられそうな場所は見つからなかった。人間の兵士など大した相手にもならないが、できることなら戦闘は避けたいし、それにダークネスに報告されたら面倒なことになってしまう。
 迫り来る足音。
 ファルシオンは息を呑んだ。










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