× 恋するクッキー ×




 ある日のこと。
 チョビヒゲ……もとい国王陛下より呼び出しを受けたイグネアは、陛下の執務室へと足を運んだ。なんでも行商人から懲りずに珍しい菓子を買ったそうで、それを性懲りもなくくれるという。
 過去に同じようなことがあったな……などと考えつつ執務室の扉をたたくと、中から陽気な返事が聞こえた。扉を開いて踏み入ると、さっそくチョビヒゲが手招きをしていた。
「おお、イグネアよ、待ちくたびれたぞ! ささ、こっちに来なさい」
 至極上機嫌な顔のチョビヒゲを胡散臭いと思いつつも、イグネアは若干げんなりした顔で近づいた。
 卓上に視線を落とすと、そこには白い小箱が置いてあった。中には焼き菓子と思われる薄い菓子が綺麗に陳列していた。
「なんですか、これ?」
「ふふ、聞いて驚くなよ。これは食べた直後に見た異性を好きになってしまう“恋するクッキー”だ!」
「…………」
 瞳をキラキラと輝かせて声高に叫んだチョビヒゲを、イグネアは唖然とした顔で見た。
 なんだその嘘くさい菓子は。だいたい、前回は“恋するチョコレート”だかなんだか言って、ちっとも効果がなかったではないか(と思っているのは彼女だけ)。
「そういうわけで、さあ共に食べよう!」
「えええっ?! また私ですか? いやですよっ」
「フフ、これは国王命令だぞ〜」
「うっ……」
 こんな時ばかり権力をふりかざすチョビヒゲを恨めしそうに睨みつつ、しかし居候の肩身は狭いため、仕方無くイグネアはクッキーをひとつ摘み上げた。
 何とも香ばしい匂いがする。見た目にも美味しそうだが、一体どんな魔術が施されているのか。というか、どうせ嘘なんだろうが。
 さあ食べよう! とばかりにイグネアに視線を送り、チョビヒゲは大きく口を開いたのだが……
「陛下! そのような菓子、食べてはなりません!」
 突如大臣が乱入してきて、すかさずチョビヒゲの手からクッキーを奪い取り、箱へと押し戻してしまった。
「陛下は今、虫歯の治療中。お医者様に甘い物は止められているではありませんか!」
「ひとつくらい、良いではないかー」
「いけません!」
 ビシッときつく言われ、チョビヒゲはしょんぼりしていた。ちょっと可哀相である。
「そういうわけで、これはイグネア様がお持ち帰りください」
「ええっ!」
 大臣は卓上の小箱を取り上げ、半ば強引にイグネアに手渡し、チョビヒゲを引きずって行ってしまった。チョビヒゲはというと、最後の最後まで名残惜しそうにしていた。

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