× プロローグ ×




 世界の何処かに【プレシウ】と呼ばれる大陸があった。天、地、火、風、水、光、闇――全てに強い魔力を備えた神秘の大地は、“魔術師”と呼ばれる者たちにとっての聖域とされていた。しかし豊饒の大地は長らく続いた戦で見る影もなく衰え、いつしか人が住まう事すら困難となった荒野と化した。

 時は約千年前――まだ世に【炎の魔術師】達が君臨していた頃の事。

 岩肌がむき出しになった草木の一本も生えぬ不毛の大地。風が荒べば砂が舞い、乾いた空気がはびこる。ぐるりと絶壁が取り囲む一画は、“裁判所”と呼ばれていた。雲ひとつない青空が広がる晴天の日、そこで一人の魔術師が裁判にかけられていた。
 アーチ状の台座には黒い覆面たちが数人並ぶ。その中央にはあどけなささえ残す一人の少年が座していた。
「【紅蓮(ぐれん)の魔女】よ。(ぬし)を大戦の主犯とし、刑罰を与える」
 中央の少年が無慈悲な声色で刑の執行を告げる。風を操る者――【風の魔術師】の証である深緑の瞳は、冷淡な視線で眼下の人物を見遣った。強すぎる魔力を抑制するために両手足を“魔錠”で拘束され、砂埃舞うむき出しの大地に屈服させられた娘は、無表情で瞳を伏せていた。
「何か言い残す事はあるか? 最期に寛大な心でもって聞き届けてやろう」
 少年の問いに、娘の真紅の瞳がぎろりと睨む。紅もささぬ唇は、あくまで挑戦的に弧を描いていた。反論の言葉などない。自らの悦楽のため、彼女は戦を起こし、全てを焼き払ったのだから。
 娘は炎を操る者。真紅の瞳に倦怠と絶望を浮かべる若き女は【紅蓮の魔女】と呼ばれる、今世紀最大の悪しき【炎の魔術師】だった。
 風使いの深緑の瞳と、魔女の真紅の瞳がしばし睨み合う。
 この女には怖いものなどない。愛する者もなければ、護るべき者もない。死すら恐れぬこの女にとって、最も酷な刑とは何か――考えを巡らせてやがて意を決し、そして少年が告げる。
「この女に“大罪者”の烙印を押せ」
 台座にいた黒覆面の陪審員達が一斉にどよめき、狼狽する。
 その言葉が意味する事は――
「【紅蓮の魔女】よ。主に“極刑”を言い渡す」
 極刑――それは死よりも辛く苦しい、【プレシウの魔術師】に対する最高刑だ。
 それまで涼しい顔をしていた魔女の表情が一変した。
「待て! 一思いに殺せッ!」
 髪を振り乱して異議を唱えるが、少年は顔色一つ変えなかった。
「殺した者たちの恨みと嘆きを全て背負い、無様に生き続けるがいい」
 虫けらを見下すような視線を放ち、冷酷に言い放ち、“裁判官”である風の魔術師は席を立った。
「待てッ!」
 魔女の叫びは届かなかった。両脇から組み伏せられると、無理やりに衣服を剥がれ、熱されて真っ赤に染まった焼印が白い左腕に押し付けられた。
「あああああッッッ!!」
 烙印を捺された【紅蓮の魔女】の悲鳴が、青い空に響き渡った。





 【ベルルム大戦】――それは、歴史上最大とされる古の魔大戦である。
 およそ千年前に勃発し、十年の間続いたとされるこの大戦では、魔術師と呼ばれる者たちが大いなる活躍を見せた。数多の魔術師が「我こそ最強」と競うがごとく、己の力を見せ付けるがごとく、猛吹雪、大嵐、地震、稲妻を自在に生み出し、戦場を狂わせていた。
 【ベルルム大戦】――それは、魔術師達が巻き起こした歴史上最悪とされる大戦である。

 古の時、魔術師は男が主流であった。女は家庭を守り、子を産み育てるのが仕事だった。
 しかし、数多の術師の中に唯一人女がいた。余裕気に細められた瞳の色は、時に血の色を思わせる真紅。それは、炎を操る事ができる術師の証。そう、彼女は【紅蓮の魔女】と呼ばれる“炎の魔術師”だった。
 女が真紅の瞳を妖しく輝かせると、大地には紅蓮の炎が巻き起こった。海原を我が物顔で遊泳する龍のように、炎は華麗に過激に、その場の“あらゆる者”を焼き尽くした。そう、敵も味方も隔てなく。
 己の炎が踊り狂う様を見て、女はまさに魔女のごとく声高らかに笑っていたという。
 
 【紅蓮の魔女】は文字通り全てを焼き尽くし、ベルルム大戦を集結へと導いた。しかし、後年魔女は裁判にかけられ、大戦で最も凶悪な戦犯とされた。魔女に科せられたのは死よりも辛く苦しい“呪い”。その呪いは解ける事無く、死に至るその時まで、魔女を苛んで行く事となった――。

 そしてこの大戦を機に炎を操る術は禁じられ、それを生業としていた【炎の魔術師】は滅んだのだ。 




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