「ほう、これはなかなか美味な菓子だな」
 定時のおやつついでにハートの小箱を渡すと、早速中身のチョコレートを口にしたオンブルは大層満足げに味わっていた。さすがは屋敷一の甘い物好き、ただ食すだけでなく「ここが××だ」といった意見まで述べていたのだから本物だ。
 ちなみにオンブルに渡した理由は、他の住人が揃って留守だったからである。それでもまあ喜んでいるからいいか、と考え、イグネアは地下室を後にした。

 その数時間後の事。

「イグネア君」
 厨房にいたところで呼びかけられ、振り向くと柱の陰からオンブルが手招きをしていた。
 何用だろうかと近づくと、液体入りの小瓶を手渡された。
「なんですか、これ」
「先程の菓子の礼だ。試しに作ってみた薬なのだが、呪いが解けるかも知れんぞ」
「ええっ、本当ですか?」
 そりゃ大変なものだ! とイグネアは大いに喜んだ。どうやら【万能薬(エリキシル)】とは違う代物であるようだが、この際呪いが解けるならば文句は言わない。ただの菓子がこんな大層なものに変わるとは、“ばれんたいん”もなかなか良いイベントだ。
 そんなこんなで、イグネアはさっそく液体を飲み干したのだが。
 すぐに異変が起きた。
「……熱い」
 身体がカーッと熱くなり、足元はふらふらし始めた。頭はぼんやりして瞼は重く、終いには立っているのも辛くなり、イグネアはついに寝込んでしまったのだ。


 さて、それを聞いて黙っちゃいないのが例の三人である。地下室にいたオンブルを捕まえて、ものすごい怒りのオーラを発しつつ責め寄っていた。
「貴様、一体何を飲ませた!」
「全く、毎度毎度余計なことしでかしてくれるよね……!」
「イグネアに何かあったら海の藻屑となってもらうから、覚悟しておいてね」
 嘘臭いほど眩しい笑顔と共に向けられたリヒトの止めの一言に、オンブルは壮絶に青ざめ、「ひいっ!」と変な悲鳴を上げた。
「わ、私はこの本に書かれていた【ノロイトケール】という薬を作ってみただけだ! 見ろ、ここにきちんと載っているではないか!」
 などとオンブルは抱えていた本をずいっと差し出した。ちなみにこれはニアの行商人から購入した、出所不明の若干うさん臭い代物である。
 開かれたページに青碧と深緑と黄金の視線が集中する。確かに呪い云々と書いてあるが……何気なくリヒトがページをめくってみると、ある事実が発覚。
「これ、一ページ分くっ付いてるけど?」
「なにい?!」
 本を奪い返して確認し、オンブルは琥珀の瞳を思い切り見開いた。確かに一ページ分接着してしまっているではないか。すると何か、続きだと思っていた次ページの内容は全く別物というわけか!
 驚愕の表情で、恐る恐る隠されていた真実を暴く。
 そこには――

 “惚れ薬の作り方”

 何とも乙女炸裂な表題が記されていた。
 しかも、これを飲んだ人間は、効果が表れてのち最初に見た異性に恋してしまうらしい。

 貴様はとんでもないモノを飲ませやがって! と三人は同時にオンブルを睨んだ。が、それより今はもっと重要なことがあるではないか考え、これまた三人同時に動きを見せたのだが。
「……!」
 揃って隣の腕を掴み、互いの動きを制した。
「何だこの手は」
「そっちこそなにさ」
「イグネアの元へは行かせないよ」
 自分が真っ先に駆けつけたいが、こいつらを行かせるわけにもいかない。まさに“三すくみ”状態で動くに動けず、青碧と深緑と黄金が睨み合い、しばし牽制し合っていた。



 さてその頃、イグネアはというと――

「モルさん、好きです!」
 効果を発揮した後に偶然現れたモルに思い切り恋していた。指を組み合わせ、蕩けそうなほどうっとりした眼差しで見つめている。
 が、如何せんモルは色恋沙汰どころかあらゆるものに無関心なため、その後二人がどうにかなったとかいう事実は、残念なことに無かったりする。
 それでも効果は丸一日持続し、イグネアはうっとり状態でモルを追いかけていたため、それが面白くない例の三人にオンブルは半端なく容赦なく怒られたらしい。


 END



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