〜 ミニリク小説 「聖夜」 〜




 この世には、年に一度【聖夜】と呼ばれる日がある。神が生まれた前日だかで、とにかく無駄に盛り上げて騒いで楽しもうという日である――そう解釈しているのは、神の存在など微塵も信じていない心根の荒んだ、とある男。伸ばした白い髪と薄茶のコートをなびかせつつ哀愁めいたものを漂わせながら、彼はくわえ煙草でアスライーゼ城内を闊歩(かっぽ)する。
 ちなみに普段は城内禁煙を強いられているが、今宵は人気も少なく、また口うるさい城主も不在であるため、他に彼を注意できる勇者などいなかった。

 【聖夜】と呼ばれる日の晩、アスライーゼの浮遊要塞ではド派手なパーティが開かれる。大酒を食らいたいがために城主のフェリーシアが企画している催しではあるが、近隣諸同盟国の要人達がやってくるため、ロックウェルは再三に渡る出席の催促を徹底的に拒み、逃げ出した。
 社交の場は好きではない。どこにいても目立つため、決まって婦人方に取り囲まれ質問攻めに合う。そして国の要人達からは「是非我が国にお力添えを!」的な要求をされるのだ。面倒くさい事この上ない。

 そんな感じで城下の酒場【コーシカ】に逃げ込んだロックウェルだったが、店主のコーシカにはツケの請求書を見せられ、払えないならさっさと帰れと追い出された。彼女も何やら予定があるらしく、今夜は早い店じまいだとか何とか。それで仕方無く城に戻ってきたわけだが、今宵は彼の従者達から愛しい恋人までもが揃って不在なのだ。
 長年世話係をしているファルシオンは、特技である料理の腕を買われて城の厨房で働いているため、必然的にパーティに引っ張り出された。サラもまた、その無駄な腕力を買われて城の動力室で働いているため、浮遊要塞へと借り出されていった。
 そしてレインだが、恐らく彼女はフェリーシアへの恩義の心からパーティへの出席を拒み切れなかったのだろう。結局連れて行かれてしまったようだった。
 従者達がしっかりと職に就いているにも関わらず、主であるロックウェルは【竜王】という地位こそあるものの、実質的に無職である。つまり彼は、お飾り的に要人達の相手をすることくらいしか利用価値がない。だからと言って、毎回そんな役目を被るのはご免だった。

 深い溜め息をひとつ、自室へ向かおうと歩き出したロックウェルの耳に、ふいに歌声が届いた。聞き慣れたその声は、すぐ近くから聞こえて来る。ロックウェルは足早に声をたどった。
 そうしてやって来たのは自分の部屋。わずかに開いた扉を押し開けると、室内を吹き抜けるやわらかな夜風が頬を撫でた。
 ひらひらと風になびくカーテンの向こうから歌声は聞こえた。ゆっくりと近づくと、気配に気付いたのか声の主は歌を止め、静かに振り返る。スカイブルーの瞳が、待ち望んだ人を見つけた喜びで輝いていた。
「おかえりなさい」
 にっこり微笑んだレインは、パーティのために着飾ったそのままの格好で、今宵はいつもより美しく華麗に見える。
 ――可愛い……。
 柄にもなく、ロックウェルは惚けていた。
「どうかしたの?」
 問いかけられて我に返ると、レインが小首を傾げて見上げていた。
「いや……フェイに連れて行かれたんじゃなかったのか?」
 すると少し困ったような表情が返って来た。
 レインは人と接する事が苦手で、社交の場に出る事がない。聞けば、パーティ会場では他国の男性達に言い寄られてしまい、怖くなってフェリーシアやリリエンヌのそばから離れられなかったそう。見かねたフェリーシアが先に戻れるようにと手配してくれたという。
 その話を聞いたロックウェルは、その他国の男性達とやらに対してかなりムッとしていたが、そんな心情に気付きもせず、レインはそっと彼に寄り添った。
「やっぱり、あなたがそばに居てくれないと不安なの」
 まるで魔法のように、愛しい恋人の言葉は何もかもを至福にしてくれる。抱いた怒りはいつの間にか消えてしまっていた。



 今宵は【聖夜】、神の誕生を祝福する日。人々は皆この日を盛り上げ、そして恋人達の甘い夜は過ぎてゆく。
 神などやはり信じていないが、レインの着飾った姿を見られるならば、毎年どころか毎日あってもいいかな、などと思うロックウェルだった。



 END



<ひとこと>
闘ってばかりの話で甘い小話を書くと、妙に照れくさいですね(汗)
ちなみにロックウェルのツケは相当たまっていますが、支払い予定はありません(笑)


この話の登場人物は、こちらの作品の住人です。→ 「 Light&Darkness 」


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