〜 ミニリク小説 「髪」 〜
その日、エコーはすこぶる機嫌が悪かった。
彼の不機嫌の理由は、前方で軽やかになびく長い黒髪にある。
「だいたいさ、男のくせにそんなに伸ばしてんじゃねーよ!」
と暴言を吐きつつ、エコーは艶のある黒髪をぎろりと睨んだ。彼は今日、しかも戦闘中に、あの黒髪より攻撃を食らったのだ。
ルアンの背後に位置していたエコーは、あと一撃でモンスターを倒せるという状況で、(手柄を立てようとして)ここぞとばかりに前面に躍り出た。が、身を乗り出した瞬間、同じく止めをさそうと踏み出したルアンに阻まれ、彼の黒髪が見事顔面に的中したわけだ。
下心を出したエコーが悪いと言えば悪いのだが、不可抗力とはいえ黒髪の威力は思いのほか強烈だった。そのためエコーはいつまでも根に持っているのである。
ちなみに、止めをさすというオイシイ役割は、いつもの事だがフラックスに取られた。
「いいじゃないか別に。結構お手入れが大変なんだよ、これ」
自慢の黒髪を撫でながらルアンがにっこり笑うと、エコーはふくれたままでギロリと睨んだ。
呑気なものである。だいたい、ただでさえ女顔なのに、髪が長いせいで余計に紛らわしいではないか。当たると痛いし。
「男らしくバッサリ切っちまえよ。たとえば、ほらフラックスみたいに!」
あれだけ短くすれば手入れも楽だろう、と言いながら、エコーはそっぽを向いた。
なるほどとうなずきつつ、ルアンは小さく笑う。
「そう言うけどね、髪立てるのにフラックスがどれだけ時間かけるか知ってる? 僕より長いよ、多分」
「えっ!」
返答に、エコーは素っ頓狂な声を上げた。
そんな所に気を使うような人間だとは意外だった。むしろ全然気にしないタイプだと思っていた。あのくらいの年齢になると、(どんな人間でも)とりあえず身なりを気遣うようになるのだろうか。
その後、エコーはフラックスに近づき、鬱陶しげに追い払われながらも、彼の逆立った金髪をまじまじと観察していた。それはもうしつこいくらいに。
そんなエコーを見て、あの子もそのうち気にするようになるのかな、と思ったルアンは、見事に染み付いた親心に複雑な心境を抱いて苦笑していた。
END
<ひとこと> フラックスが髪を立てるのに時間をかけているというのは、いつか書きたいと思っていたネタですね。せっかくなので使わせていただきました。
この話の登場人物は、こちらの作品の住人です。→ 「 Ag 」
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