〜 ミニリク小説 「鎖」 〜




 月が煌々と光を放ち、ゆったりと雲が流れる夜。それはいつもと何ら変わらぬ夜。
 唯一変わっていたのは、この男の風貌だった。
「……なんだ、それは」
 眉間にしわを寄せたフェリーシアはいぶかしげである。言葉を向けた相手は、いつものようにバルコニーに現れた漆黒の男――カイザーだ。
 きっちり着こなされた黒いスーツに黒いネクタイ。頭から爪先まで闇色に染めたこいつには、全く持って似つかわしくない代物が両手首からぶら下がっている。身動ぎするたびに音を立てるそれは、どこからどう見ても鎖である。
「ええ、ちょっと繋がれてしまいまして」
 枷からだらしなく伸びた鎖を手に取りつつ、カイザーは微笑んだ。同時にフェリーシアの眉間のしわがさらに深まる。滅多に失敗する事などない男が、一体どんな理由でそんなものをぶら下げているというのか(内心では、どうせ女がらみだろうと思ってはいたが)。
 聞けば、彼はとある国で珍しく失態を犯し、あげく枷を施されて繋がれたそうだ。大した強度ではないため難なく逃げおおせたが、そのまま来てしまったとカイザーは終始笑顔で返答した。
 フェリーシアはにやりと笑った。ダークネスと呼ばれ、竜王から最も厚い信頼を受けるこの男が、一瞬でも拘束された姿など想像もつかない。この瞳で見てやりたかったと思う。何とも興味深い光景に違いなかったろう。
「たまに囚人気分を味わうのも、悪くはなかろう」
 何事も経験だ、とからかい口調で一言、フェリーシアはさっさと背を向けた。
 何とも素っ気無い態度に、カイザーは思わず苦笑した。もう少し心配してくれてもいいのではないかと。
「私は……」
 言いかけて、カイザーは言葉を止めた。
 どんな力を持ってしても決して壊れる事のない鎖で繋いでしまえば、この人は思い通りになるのだろうか?――そんな風に考えて、カイザーは自嘲気味に笑った。それこそ愚かで無駄な行為だと。



「今、何か言ったか?」
 思い出したようにフェリーシアが振り返ると、カイザーは微笑み返した。
「いえ……私はどちらかというと、繋ぐ立場が好きなんですけれどね。その方が楽しいですし」
 何を繋いでみたのかは知らないが、カイザーはたいそう楽しげで、足取りも軽く室内へと入って行った。
 なんと最低な男かと思いつつも、間違いなく自身も“そちら側”だろうなと考え、フェリーシアは苦笑した。
 同族だとか、仮初の恋人同士だからという理由ではなく、結局“似たもの同士”かと感じての事だった。



 END



<ひとこと>
失態というのは女がらみ。文字通り繋ぎ止められた……とは本人の弁。
カイザーはやきもち焼いて欲しかったみたいですが、フェリーシアは女王様気質なので無理ですね(笑)。


この話の登場人物は、こちらの作品の住人です。→ 「 Light&Darkness 」


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