〜 ミニリク小説 「瞼にちゅう」 〜




 普段ならば日付が変わった後に戻るというのに、その夜は部屋の主が早々と戻っていた。しかも長身を長椅子に投げ出し、居眠りをしている。常に殺気立っている彼がまるで隙だらけである。
 その何とも珍しい光景に、レインは近づいて長椅子の脇で屈み込んだ。読書の途中で眠りに落ちたのか、開かれた本に手を添えたまま、ロックウェルは微かな寝息を立てている。
 安らかに眠る横顔を見つめてレインは溜め息を吐いた。

 とても綺麗な人だと思う。彼は誰よりも強く、誰よりも美しい空の王者。誰もが彼の類ない姿に見惚れ、全てを従える力を称える。
 密かに人気高いレインは、しばしば城内で声をかけられることがあるが、独占欲の強いロックウェルはどうやら面白くないらしい。男共撃退法として、「私は竜王さまのものです、と言ってやれ」と常々教えているが、レインにはいつまで経ってもそんな自信が生まれなかった。
 領土を持たず、隠れるようにして辺境の地に住んでいたオルフィスにとって、獣人達の王である“竜王”とは、あまりにも大きすぎて現実味のない存在だった。一生その瞳で見ることなどないと思っていたし、ましてや自分は翼を失って飛べなくなった鳥。愛される立場になるとは思いもしなかった。
 不釣合いでは――恋人となってずいぶん経つというのに、レインの心にはそんな感情が宿っていた。エメラルドの瞳が、いつまで自分を見つめてくれるのか不安で堪らない。

 しかし不相応だと感じていても、彼がくれる言葉や想いは真実である。だからこの幸せが続けばいいと心から思う。
 肩に流れる白い髪に手を触れてみたが、ロックウェルは瞳を覚ましそうにない。レインは閉じられた瞼にそっと口付けた。その瞳が、これからもずっと見つめてくれますようにと願いながら。




「……どうせなら、口にしてくれればいいのに」
 眠っているはずなのに声が聞こえ、レインは驚いて身を引いた。
 見ればロックウェルの唇が弧を描き、しっかりと開かれたエメラルドの瞳は悪戯っぽく笑っているではないか。一気に顔が熱くなった。
「お、起きていたなら、始めから言ってください!」
 声を震わせつつ、レインは両手で顔を覆って俯いてしまった。もうまともに顔を見られる心境ではない。
 実はレインが部屋に入ってきた時から瞳を覚ましていたが、ロックウェルは面白いから黙っていたのだ。これくらいで照れるなんて何を今さら……と思うものの、そういう所が彼女らしくて愛らしい。思わず抱きしめたい衝動に駆られたが、今は逆効果になりそうな気がしたので、ロックウェルは頭を撫でて自己嫌悪に陥ったレインの機嫌を取っていた。



 END



<ひとこと>
どちらにちゅうさせるか悩みましたが、ロックウェルにやらせると妖しい内容になりそうだったので、こうなりました(笑)。
ロックウェルは、闘わせていたいキャラです。


この話の登場人物は、こちらの作品の住人です。→ 「 Light&Darkness 」


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