世界は荒んでいた。
 小さな大陸にひしめき合う国々は、大小その規模を問わず、服従・侵略・支配を目論み、独立や奪還・合併融合を繰り返していた。中には内乱が絶えず、外部の侵略に加えて内なる戦火の鎮圧に頭を悩ませる国も多々存在した。
 レンディアもそういう国の一つだった。
 戦を重ね、他国への侵略と敗北の末に人種は入り乱れ、住まう地域によって貧富の差も激しくなった。日々食べ物に苦労する者、仕事を求めて彷徨う者……生きてゆく中で逞しさを得た者たちは、国民の貧しさも省みずに裕福に暮らす国王に反旗を翻し、団結してレンディアの王国軍に戦いを挑む事が多々あった。彼らは反政府軍と呼ばれ、日々その数を増やし、国内で一目置かれると共に危険視される存在であった。
 本日も例外ではない。
 レンディア王国の正規軍と反政府軍は、北方のゴルデラの谷を舞台とし、戦いを繰り広げている最中であった。戦いはすでに五日に及ぶ。約三百の騎馬や歩兵を有する王国軍に対するは、百いるかいないかの傭兵集団だ。
 度重なる戦で、反政府軍が徐々に数を減らし、資金面で困難を極めているのは必至。王国軍はこの戦いでもって、彼らの完全駆除を考えていた。

 凹凸の激しい岩肌がむき出すゴルデラの谷を境に、睨み合うことすでに一時間。双方いまだ動きを見せず、相手の動向を探るばかり。
 谷には砂と塵を含む乾いた風だけが吹き荒ぶ。悲鳴にも似た風の音が、心に巣食う恐怖をあおる。
 ふと気付くと、谷の真ん中に一人の男が立っていた。
 強い風になびくカーキ色の長いマントとダークネイビーの髪。厚地のマフラーで顔を覆っているため素顔は確認できないが、虚ろなアイスグリーンの瞳は無気力にも見える。右に一本、左に二本、細腰に巻いた太いベルトにはそれぞれ長さも装飾も異なる剣、そのうちの一本、ぐるぐると布を巻きつけた鞘に収められた剣は、異様な妖気を漂わせていた。

 男を反政府軍の使者と勘違いしたレンディア軍は、威嚇の意味を込めて矢を放ったが、男を射抜くことは叶わなかった。まるで何かが叩き落したかのように、矢は真っ二つに折れて男の足元に落ちていた。
 と、次の瞬間。
 男は谷間から消え去り、レンディア軍の最前列にまで移動していた。
「なっ……!」
 瞬きするその一瞬の間の出来事に、レンディアの軍勢は騒然とする。口を開けたまま絶句する兵の一人に向け男が手をかざすと、腕から巧みに仕込んだボーガンの矢が飛び出し、兵の右目を貫いた。
 貫かれる刹那、兵はかざされた左手の中指に髑髏ドクロの指輪を見た。
 その事実に場が別の意味で騒然とした。焦り逃げ惑う者、恐怖にすくみ上がる者、周囲の動向に理解を示さず困惑する者――多々ある反応を、アイスグリーンの瞳は冷ややかに見据えるだけだった。
 翻ったマントの下で、男は両手に剣を掴む。右手は、迷いもせずに布を巻きつけた剣にかけられていた。
「その剣を抜かせるな!!」
 誰ともなしに声を荒げたが、もう遅かった。
 剣を抜き放ったと同時に手近にいた兵の首が二つ飛び、切り返したと同時にまた二つ飛ぶ。一瞬のうちに姿を眩ませては別の場に突如現れ、敵の反撃は決して許さずに一人、また一人と切り裂き、貫き、蹴り飛ばす。まさに鬼神と呼ぶに相応しい戦い振りだった。
 実体のない霊のように、血飛沫や攻撃の合間を縫って場を自由に動き回り、神出鬼没に現れては次々と敵を滅ぼしてゆく。それでも冷めたアイスグリーンの瞳には興奮も狂気も宿っておらず、男は淡々と与えられた“仕事”をこなしているだけだった。

 レンディアの将軍は、顔面蒼白で恐怖に身を震わせていた。まさか反政府軍が“あの男”を召喚するとは、考えてもみなかった。
 高額な金銭の報酬にだけ応じ、金の為ならばどんな仕事でも請け負う無法者。名前も年齢も住所も不明。ただ一つ誰もが知っている事実といえば、あの男が絶望をもたらす“死神”だという事だけ。
 髑髏の指輪は契約の証。男の呼び名は【死神騎士デス・ナイト】。
 その名のごとく死神に憑かれ、無敵の力を手に入れた背徳の男。禍々しい剣には死神が宿り、抜き放てばその場には必ず死の風が吹く。死神は常に彼だけの味方をし、護り、決して彼を殺す事は叶わない。多勢に無勢は彼には無意味。ただの労力の無駄遣いとしか言い様がない。
 このままでは間違いなく全滅する――レンディアの将軍は、全軍総攻撃の号令を声高に叫んだ。こちらは三百の精鋭、相手は一人。総攻撃を仕掛ければ、あるいは男を滅ぼせるかも知れない。全滅させられる前にせめて、とそう考えたのだが……。

 気が狂ったかのように武器を振りかざして立ち向かってくる軍を、アイスグリーンの瞳が無気力に一望した。無駄な努力を嘲るように。そして、その向こうに広がる世界にただ失望するように。

 男の背後にうっすらと影が浮かんだ。霧のようだった黒い影は徐々に形を成し、やがては禍々しいモノへと姿を変えた。ボロボロになった漆黒のローブに身を包んだ――髑髏ドクロの死神は、首を捻って笑うと、甲高い奇声を上げた。見えない波動となって空気を震わせた声は、鼓膜を破り、血を逆流させ、骨を捻じ曲げ、脳を破壊した。男の首を狙っていた者も、その先で矢を番えていた者も、嘶いて猛る馬も、剣を振りかざす者も――誰一人洩れず悲鳴を上げてその場に崩れ落ち、白目を剥き、泡を噴き、死んでいた。
 たった一人の男を滅ぼそうとしていたレンディアが誇る精鋭軍は、死神のたった一声で……全滅した。

 仕事を終えた死神は、乾いた風に身を潜ませてふっと消えた。
 その場に男だけが残り、ダークネイビーの髪の合間から覗く瞳が奇怪な死を遂げた三百の死体を見下ろしている。
 凍りついたアイスグリーンには、それでも一切の感情が宿っていなかった。





 反政府軍のアジトは、戦いの勝利に酔いしれていた。狂ったかと思うほど哄笑と怒号が響き、宴は夜通し続いていた。
 五日に及ぶ戦いの中で、王国軍は何度も人員の入替を繰り返し、最後に仕上がったのがレンディアでも精鋭と呼ばれるほどの部隊だった。調教的に訓練された軍隊に対し、こちらは寄せ集めの傭兵集団。精神的にも肉体的にも追い詰められ、内心では誰もがここで終わるのだと思っていた。誰もが死を覚悟して最後の戦いを迎えようとしていた。
 あの男が現れるまでは。

 電気も通わぬ室内は薄暗く狭く、天井も低い。アルコールランプがひとつだけ卓上でちりちりと燃え、揺らめく炎が薄汚れた壁に二人の男の影を映し出していた。
 一人は反政府軍を束ねる壮年の男。名をドラーという。戦いの中に生きる男らしく、頬は骨ばり、顔や腕にはいくつもの傷跡が残る。しかし今宵は勝利の美酒に酔っているせいか、疲労感をも吹き飛ばすほど上機嫌な表情を浮かべている。
 そしてもう一人、入口の扉を背に静かにたたずむ青年。ダークネイビーの髪にアイスグリーンの瞳は、レンディア国民ではない事を物語る。戦いの最中でも決して崩れぬ表情、まるで鋭利な刃物のような空気。闇の属性を持ちながらも、その存在感は圧倒的で。
 死神の加護を受けたこの最強の騎士を、知らぬ者は少ないだろう。
「ご苦労だったな」
 親しげな口調で労わりの言葉をかけるが、反応は無い。青年はただ無表情に立ち尽くしているだけ。それでもドラーは気にせず言葉を続けた。
「まさかあれだけの数を一掃できるとは思っていなかった。礼を言う。薄汚い場所だが部屋を用意させた。ゆっくり休むといいだろう。酒も運ばせる。安いものだがな」
 王国軍を打ちのめした事が余程嬉しいのだろう、大口を開けてドラーが哄笑を上げた。
 しかし青年は顔色ひとつ変えず、沈んだ声色で告げた。
「必要ない」
 ドラーが笑いを止め、それならばと言った。
「では女か?」
「……必要ない」
 ドラーの問いかけに、青年は同じ返答を繰り返した。しかし同じ言葉であるものの、二度目には明らかな不快感が現れていた。
 アイスグリーンの瞳が細められた。
「俺が欲しいのは金だけだ」
「そうか、それは残念だな」
 軽い口調でドラーが返すも、青年はそれ以上何も言わなかった。
 普通の会話が成り立たないだろうと、ドラーには予測出来ていた。青年を雇った際、交わされた会話といえば報酬の話だけだったからだ。
 ドラーは足元に用意してあった布の袋を持ち上げ、テーブルに乗せた。どさりと重たい音を立ててゆっくりと形を崩した袋に、大金が詰め込まれているだろうというのは見て取れた。
「五千ディロ、アンタの要求通りだ。これで満足か?」
 五千といえば、片隅にだが王都内に小さな一軒家が持てるほどの大金だ。それだけの金を、壊滅間近だった反政府軍がどのようにして用意したのか……話して聞かせられるようなものではない。そこまでしなければ、レンディアでは生きてゆけない。生きるためならば何だってしなければ……世界は今、そういう状況なのだ。
 果たしてこの大金をどう使うのかは全くの未知である。しかしそれをいとも簡単に、まるで呼吸をするかのように要求してきたこの男には、間違いなく一切の慈悲など存在しないのだろう。浮世離れした存在でありながらも、裏を返せば誰よりこの世界に馴染んでいる人間だと言える。

 青年はテーブルに置かれた厚手の布袋を掴むと、カーキ色のマントを翻して背を向けた。
「アンタは、悪魔だな」
 死神の加護を受けたその背に向け、厄介者を払うようにドラーが言葉を吐き捨てた。表情はひどく真摯、睨みつける瞳には恨みの念が込められていた。
 その言葉が青年の心を動かすはずもなく。
 死神の騎士は反政府軍のアジトから音もなく去って行った。





 ここはセイオール王国、東端の町。
 セイオールは大陸で最も治安が悪く、それゆえにこの町にも無法者たちが集まり、争いが繰り返される日々で荒んでいくばかりであった。
 夜。
 町の片隅にある古びた石造りの酒場からは、ぼんやりとした灯りが洩れている。今にも壊れそうな木製のドアを開けて足を踏み入れると、狭い店内にちらほらと客の姿が見える。
 しばらく開かなかったドアが軋んだ音を立てると、カーキ色のマントを翻して一人の青年が入店した。無法者たちがひしめく町で、彼の姿は別段特別視されるものではない。だからすでに酒盛りをしている客達は、誰一人彼を気にかける様子が無かった。
 青年は腰に携えていた三本の剣を外して立てかけ、カウンター席に座った。奥でグラスを磨いていた店主は青年の姿をちらと見遣り、注文もないのに無言で酒の用意を始める。二人は一応の顔見知りではあるが、だからと言って親しいわけではない。その証拠に特別な会話はない。
「兄ちゃん、一人かい?」
 無謀にも、隣の席に座っていた中年の男が上機嫌で声をかけて来た。風貌は戦士だが、今は見る影もなく酔っ払っている。男は返答がないことにも気付かないほどで、立ち上がってふらふらと近づいて来たと思ったら、立てかけられた剣に興味を示し始めた。
「三本も持ってるのか。なあ、一本譲ってくれよ。この間、折れちまったんだよ」
 男は勝手にそのうちの一本――ぐるぐると布を巻きつけた剣にに触れようとして手を伸ばした。
 しかし……触れる間際で強く腕を掴まれ、阻まれた。
「何しやがる!」
 尋常でない力で腕を掴まれ、男はいきり立って声を荒げた。が、青年の左手に髑髏の指輪を見つけ、途端に蒼白になって後退りし始めた。
「お、お、お前……っ、死神騎士ッ……!」
 男の言葉と驚愕の表情に、ただ一人店主だけを除き、店内中の客が一気にどよめいた。思わず立ち上がる者、ひそひそと耳打ちを始める者、怯える者――反応は多種多様だが、その中でも一際滑稽に見えたのは、青年に絡んできた男だった。腕を掴まれただけで取り殺されるとでも思っているのか、必死の形相で逃れようとしていた。
 その様を冷ややかに一瞥し、青年はようやく男を解放した。腕を放した途端、男は床を貼って壁際まで逃げていったが、どうでもいいとばかりの態度だ。
「……邪魔したな」
 出された酒に、まだ口をつけていないというのに。青年は身支度を整えるとカウンターに代金を置き、静かに去って行った。


 青年がその足で向かったのは、町の北側にある廃墟だ。元は富豪が住んでいたと言われているが、それも何十年前か何百年前か……真偽の程は定かではない。すでに原型は微塵も留めておらず、ただの瓦礫の山だ。
 雑然とした足場を器用に飛び移りながら進むと、やがて瓦礫の合間に穴が見えてくる。青年は何のためらいもなく穴の奥へと進んで行った。
 固い石造りの壁が左右を圧迫する通路は、薄暗く狭く、そして天井も低い。鼠の抜け道のような、人一人がようやく通れる道は緩やかな傾斜となっており、下ってゆく徐々に灯りが見えてくる。青白い光がいっぱいに広がったかと思うと、目の前に広がるのは奇妙な光景だ。
 外界の廃退振りが嘘のように、その部屋は光に溢れていた。青、緑、白……今では失われた淡い自然の色合いが瞳に優しい。そこかしこに様々な機材が置かれ、無数のコードがそれらを繋ぐ。火にかけられたガラス瓶の水は沸騰してコポコポと泡立ち、蔓延する薬品の匂いが鼻をつく。
 歩き慣れているのか、雑然とした室内を器用に抜けて青年は奥を目指した。部屋の奥ではごそごそとうごめく人影があり、音に引き寄せられるようにして近づいてゆく。乱雑に物が散らばるテーブルの向こうで、小柄な男がこちらに背を向けて何やら作業をしていた。
 青年は男に声もかけず、背負っていた金入りの袋をテーブルの上に置いた。乱暴な物音にびくりと肩を震わせると、男はようやく訪問者に気付いて振り返った。
「なんだ、お前さんか」
 剃っているのか歳のせいか、頭は見事に禿げ上がっており、光避けのためか黒いレンズのゴーグルをかけていてはっきりとした顔はわからないが、声で初老だと判断できる。青年が返答もせず無言でいると、男は溜め息をひとつ吐いた。
「相変わらず、愛想がないな」
 だからと言って今さら矯正してやろうとは思っていないらしく、言葉には諦めの要素が色濃く滲んでいる。男はゴーグルを上げ、ようやくその顔をさらした。目元にしわが刻まれた声色通りの初老の男だが、弱々しさは少しも見られず、歳よりはやや若く見える。男の名はカルデロ。この奇妙な部屋の主だ。
 カルデロは青年が運んできた布袋を勝手に開き、中から紙幣をひと束取り出して勘定し始めた。手つきは慣れたものである。
「稼いできたのか。いくらある?」
「五千だ」
 即答に、カルデロは瞳を見開いて驚いた。
「五千! また随分と切符のいい奴がいたもんだ!」
 そんな大金をはたいてまで【死神騎士】にやらせたかった事……大体検討がつく。
 カルデロは、青年の闘い振りを見た事がない。けれど後を絶たない噂だけは嫌という程耳にした。依頼主の苦労や苦痛にも一切の情けをかけずに大金を奪う男に対し、「あの男は死神の加護を得たのではなく、自身が死神なのだ」と。そのような話さえ聞いたことがある。
 しかし、そうまでして大金を得たい理由が青年にはあった。 
「それで、どれくらい持つ?」
「そうだな……一年、だな」
 金勘定を終えたカルデロの返答に、青年は不満そうであった。予想では二年程度持つだろうと考えていたのだ。
 それ以上会話をするつもりはないのか、青年は軽く溜め息を吐き、マントを翻して部屋の奥へと向かった。

 部屋の奥には奇妙な空間が広がっていた。中央にはガラスケースが置いてあり、その周囲をぐるりと取り囲んだ奇妙な機材といくつかのパイプで繋がれている。それはさながら棺桶のよう。
 近づいて覗いてみると、中に一人の少女が眠っていた。ガラスケースに覆われたベッドの上に横たわり、安らかな寝顔を浮かべている。光を受けぬ手足は白く、長い金の髪は膝まで伸び、細い肩や腕に絡み付く。年の頃十七か八の、可憐な少女だ。
「……アリス」
 ガラスケースに手を添え、青年が少女の名を呼んだ。
 この透明な壁は、彼女が瞳を覚ますその時まで二人を阻み続ける。ケースの中には特殊な処理が施されており、少しでも破損しようものならば、アリスはあっという間に腐って果てる。彼女を生かしているのは失われた医療技術。止まったはずの命を復活させ、身体を健常者のごとく成長させ、食事も水分も摂取せずに生きてゆけるというものだ。
 特殊な薬品と機械でもってアリスを生き長らえさせるには、それなりの金が必要だ。底を尽きれば彼女は死ぬ。そのために青年は法外な報酬金でもって、その力を貸し与えているのだ。
 無情にも思える行為は、当然の報いだと青年は考えている。この荒廃した世界がアリスの命を奪おうとした。何の罪もない彼女を殺そうとしたのだ。誰もが己の保身だけを考え、簡単に他人を裏切り欺く世界、青年もそうして生きているだけ。そして彼の力を求める者に、相応の見返りでもって応えているだけ。

 すぐそこにいるのに触れられない歯痒さが、握った拳に募った。言葉をかけても返事は無い。微笑みかけてもくれない。声を聞くことも叶わない。
 アリスは誰よりも未来を望んでいた。病に侵された身体が辛くても、十までしか生きられないと宣告されても、あの日死の淵に立たされた時も、それでも笑顔を浮かべ、未来を望んでいた。
 たとえこの世界が、君の望んだ未来ではなくても。いずれその瞳に再び色を灯した時、過去となった今を話してやれるよう、代わりに全てをこの両目に映しておこう。崩壊しても、汚れても、荒んでも、世界が無くなってしまわぬように、この禁断の力で護っていこう。
 やがてその笑顔が世界を輝かせる事を願い……そのためならば、この身を、魂を死神に売り渡しても構わない。もう一度、その声で名を呼んでくれるなら。笑顔を向けてくれるのならば、神にでも背いてみせよう。
「行くのか?」
 アリスに無言の別れを告げ、身を翻した青年に、カルデロが声をかけた。その背に負った死の数は、たった一人の少女の死とどちらが重いのだろうか……そんな風に考えながら。
 青年は答えず、静かに立ち去った。
「また来いよ、アベル」

 そうして今日も、また何処かで死の風が吹く。


 END


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