月護の森



 深谷にひっそりと茂る森は、心穏やかな種族の住処。彼らは争いを好まず、平穏を愛し、そうして長き時代(とき)を生きていた。
 森の王は夜空に浮かぶ月を見上げ、声を聞いていた。空が、風が、雲が、水が――あらゆるものたちが発するささやかな力が、この森を護ってくれている。深い感謝を胸に、王はこうして毎夜月に祈りを捧げるのだ。

「また、こちらにいらしていたのですか」
 王は振り返り、声の主に視線を注ぐ。慈愛に満ちた眼差しの先には、最も護りたい人がいた。
 寄り添った妻に羽織っていたマントをかけてやる。夜はまだ冷える季節だ。
「春が来たら……」
 もう一度、空を仰ぐ。明るい月は、今宵も変わらずに森を優しく照らしてくれるだろう。
「この森にも、花々が咲き乱れるのだろうか」
 この寒い冬を越えたら、もうすぐ暖かな春がやってくる。初めてこの瞳で見る森の春は、さぞ華やかで美しい事だろう。
 王の言葉に妻は笑顔を浮かべ、そして静かにうなずいた。
 共に春を迎えられる、その喜びを胸に……。



 END






突発的に思い浮かんだ掌編です。
森の王は、春になると戦で森を離れなければなりません。だから奥方はずっと長い間、一人で春を迎えていました。けれど、もうすぐ戦も終わるでしょう。
エルフをイメージして書きましたが、読んで下さった方がそれぞれのイメージを持ってくれればそれでいいです。



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