ビオレータと冬の魔法使い
〜友情は永久に輝いて〜
あめ玉のような満月が夜空に浮かび、その光が丘の上の家を照らしている。窓から入り込んだ月光は、ベッドの上で安らかな寝息を立てて眠る少女と、その枕元で丸くなっている真っ白な猫を優しく包む。いつもと変わらない、静かな夜だった。 少し風が出てきたのか、草原の緑がささやかな音を立て始め、ゆったりと流れて来た雲が満月の姿を隠してしまった。月光が遮られ、屋内が薄暗く染まると、どこからともなく奇妙な音が聞こえ始めた。 それまで爆睡していたはずのビオレータは、運悪くその最中に目を覚ましてしまった。シンと静まり返った室内に、何かを引っ掻くような音が気持ち悪いほどはっきりと響いている。 ビオレータは硬直した。全身から血の気が引いた。それでも、気のせいだと言い聞かせて目をつぶってみるが時すでに遅く、どんなに頑張ってももう眠れなかった。 「ミュゲくん、ミュゲくん、起きてよ〜」 ビオレータは泣きべそをかきながら、枕元で爆睡している白猫の身体を揺さぶった。何度か繰り返すと、白猫はようやく重いまぶたを上げた。 「……なに?」 返答は極めて機嫌が悪そうだ。真夜中に無理やり起こされれば誰だって機嫌を損ねるだろうが、ビオレータ的にはそれどころではない。 「な、な、なんか変な音が聞こえるんだけど……」 白い耳がぴくりと動く。ビオレータの言う通り、確かに奇妙な音が聞こえるが…… 「気になるなら、行って見てくればいいじゃないか」 素っ気無く一言、彼は再び眠る体勢に入ってしまった。 「えーっ! ミュゲくん見てきてよっ」 口を尖らせたが、ミュゲは知らん顔で顔を伏せている。なんと薄情な兄弟子か。 しかし、このままでは気持ち悪くて眠れない。でも一人で行くのは怖い。しばし考え、こうなったら強硬手段に出るしかないと、ビオレータはミュゲを無理やりに抱え上げ、立ち上がった。 真っ直ぐ前方に掲げられ、ミュゲは何とも情けない格好で連れ歩かれる羽目になった。ビオレータはその小さな身体を盾にして隠れ、ビクビクと怯えている。その体勢を保ちながら、音が聞こえて来る場所――玄関へと近づいていったが、すっかり逃げ腰になっており、顔を背けている。 そんなに怖いなら、あっちで待っていればいいのに……とミュゲが溜め息を洩らすが、彼女には全く聞こえていないらしい。 玄関のドアを目前にして、ビオレータは息を呑んだ。カリカリ、カリカリ、とドアの下方から絶え間なく音が聞こえている。ビオレータはミュゲを床に座らせ、ドアノブに手をかけた。 「いい? あ、開けるからねっ」 彼女はドアを開けたら逃げるつもりらしい。いつでも離れられるようにと、妙なポーズをとっている。 「いち、にの、さんっ!」 掛け声で勢いをつけ、ドアを開いたビオレータは、猛烈なスピードで物陰に隠れた。玄関に取り残されたミュゲは、大きな溜め息を吐き、そして前方を見据えた。 「やっと開いたか……まったく、君達はいつまで待たせるつもりだったんだ」 薄青の瞳が見据えた先には、真っ白な猫がちょこんと座っていた。 ぱっと見ただけなら全く同じ猫に見えるが、瞳の色を見れば違うとわかる。もう一匹の白猫は、水色の瞳をしていた。 「ネージュ様!」 ミュゲは目を見開き、声と瞳の色で相手が誰であるのか特定し、その名を呼んだ。物陰から恐る恐る様子をうかがっていたビオレータも、ミュゲの言葉に姿を見せた。 ネージュとは、【カトル・セゾン】の一角を担う冬の魔法使いであり、ビオレータのライバル・ブリーナの師である。 そんな彼がなぜこんな夜更けに、しかも春の季節であるブルーメに単独でやって来たのか。はっきり言って迷惑極まりないが、よほどの理由があると見て、ビオレータとミュゲは彼を招き入れた。 部屋の中央に置かれた木製の丸テーブルを挟み、白いローブを着たヴァイスが二人座っている。一人はミュゲだが、もう一人は彼よりも年上の、水色の髪と瞳をした男性だ。 「ネージュ様、どうせ来るならもっと時間を考えてください」 人の姿になったミュゲは、相手が一応上司であるにも関わらず、遠慮なしに文句を言ってみせた。 「悪かったな。あちらはまだ朝だったので、その感覚で来てしまったんだよ」 ネージュの言う“あちら”とは、どうやら弟子のブリーナが修行に出ている国らしい。ブルーメとは遠く離れた地で、季節も時間もまるで逆のようだ。 ちょうどその時、キッチンからビオレータが姿を現した。ミュゲの指示でお茶入れをしていた彼女は、カタカタと音を立てながら、ぎこちない手つきでカップをテーブルに置いた。 ビオレータはよほど眠いと見える。まぶたは半分閉じていて、座るやいなやミュゲの肩に寄りかかってきた。 「ところで一体何の用ですか?」 ミュゲはかなり機嫌が悪いらしく、座り切った視線を向かい側のネージュに向けた。普段は温厚な彼だが、睡眠を邪魔された事がこの上なく気に入らないらしい。 「……ずいぶんな態度だな」 「真夜中、睡眠妨害、怪音騒動……当然でしょう」 「うっ、君は相変わらずキツイな」 カップを口に運びながら、ネージュは怯んだ。階級を持たぬヴァイスに押されて縮こまっている様は意外と情けなく、カトル・セゾンの威厳など微塵も感じられない。 ちなみにミュゲは、師匠のイリスを通じてネージュとは顔見知りであり、ネージュには、ミュゲに対して大きな態度を取れないわけがあったりする。 お茶を一口飲んで落ち着いたのか、ネージュは本題を話し始めた。 「実は、君達に頼みがあってはるばるやって来たのだ」 「頼み、ですか?」 「うむ……。実はだな、先日私の愛弟子のブリーナが、昇級試験を受けたんだよ」 その名を聞いた途端、半分眠っていたビオレータがぱちりと瞬き、姿勢を正した。それならば、先月エスタシオンに行った際に本人から直接聞いた話なので知っている。あの時の得意げな表情を、ビオレータは鮮明に覚えている。 シュヴァルツが昇級試験に合格すれば、灰色ローブのグラウ・マージになれる。もしかして、ブリーナは見事試験に合格したのだろうか。そうしたら、またあの高笑いを目の前で振りまかれるに違いない。 「それで、合格したんですか?」 ミュゲの問いに、ネージュはかなり渋い表情を浮かべていた。 「結果は不合格だったよ。まあ、私も初回で合格するとは思っていなかったからね、仕方ない所なんだが……本人は相当ショックを受けているようで、ずっとふさぎ込んでしまっているんだよ」 ブリーナのことだから、かなり自信を持って試験に臨んだのだろう。だから不合格はよほどショックだったのだろうが、(高飛車とはいえ)明るい彼女がふさぎ込むなんて……ビオレータは少し信じられなかった。 聞けばろくに食事も摂らず、修行も手つかずで、正直ネージュも困っているのだそう。ビオレータはますます信じられなかった。 「そろそろ何とかしてやらないと、と思ってね。君達の事を思い出したんだよ」 ビオレータは、ライバルとはいえブリーナとは同期だし、唯一友人とも呼べる存在。そしてネージュは、ブリーナがミュゲに想いを寄せている事を知っている。彼に近づきたくて、早くグラウになりたいのだと頑張っていたのだから。 「君達も忙しい身だという事はわかっているが、少し手を貸してくれないか」 こんなにも師匠に大切にされて、ブリーナは幸せ者だと思った。ネージュには沢山のお弟子さんがいるが、ブリーナはとりわけ可愛がられているのだろう。彼の言葉のひとつひとつに、深い愛情が感じられた。 ネージュのためにも、ブリーナに元気を取り戻して欲しいと思ったから、ビオレータは迷いもせず頷いた。当然、ミュゲも同意見だろう。 夜明けまで待つと、今度はあちらが夜になってしまうというので、真夜中だが仕方なくすぐに出かける事になった。 ビオレータが身支度のために席を外すと、何やらネージュはそわそわし始め、咳払いをひとつ、こそこそとミュゲに話しかけた。 「ときにミュゲよ……イリスは元気にしてるのかね?」 「お師匠様ですか? それはもうすこぶる元気ですよ。こっちが疲れるほどに」 「そ、そうか、それならいいんだ」 返答にとりあえず満足したらしく、ネージュは慌ててお茶を飲み始めた。 なぜ彼がそんな事を聞いてくるのか――実はネージュは、以前からイリスに想いを寄せているらしい。しかし、相手は天然・マイペースのおっとり性格だから、全く気付いてもらえなくて相当苦労をしている様子。時には余計な作戦にミュゲを引き込み、会うたびに“イリス情報”を聞き込んでくる始末だ。これが、ミュゲに頭が上がらない理由である。 ミュゲはそれとなく気付いているが、彼は何とも無関心極まりない。 そうこうしているうち、身支度を整えたビオレータが現れ、三人はブリーナの待つ冬の国へ向かう事になった。 ブルーメよりはるか北の国・インヴェルノは、現在真冬である。吹き抜ける風は頬が切れたかと思うほど痛く、厚手の手袋をはめているにも関わらず指先は冷たい。街道沿いには数日前に降り積もった雪が残り、路上に出来ているのは凍りついた水溜りだ。天をあおげば灰色の分厚い雲がいっぱいに広がり、今すぐにでも白く冷たい氷の結晶が落ちてきそう。 「さ、さ、さ、寒いよう……」 手袋に加え、毛糸の帽子、耳あて、手編み風マフラー、厚手のコート、と完全防備であるにも関わらず、鼻をすすり、ガチガチと歯を鳴らしているは、もちろんビオレータだ。春の魔法使いにとって、この寒さは厳しすぎる。 魔法使いたちは、基本的に担当外の季節には関与しないため、こうして春の魔法使いが冬の季節を目の当たりにすることは、はっきり言って皆無である。 ビオレータの腕の中には、対照的な様子の白猫が二匹――ミュゲとネージュが抱えられている。ネージュはもとより、たとえ関与できない季節の国であっても、ミュゲは人の姿では歩けないのだ。 「ははは、すまないね」 冬の魔法使いであるネージュは、この寒さが平気なのだろう。(猫なりに)余裕の表情で笑いを振りまいた。ちょっぴり憎らしい。 ミュゲはというと、ビオレータ同様に寒くて仕方がないのか、彼女の身体に擦り寄ってうずくまったまま。話をする気にもなれないらしい。 「ほら、この道を真っ直ぐ行けばブリーナの家に着くぞ」 ビオレータは首をすくめ、白猫たちから少しでも温かさを分けてもらおうとして強く抱きしめた。そして、水色瞳の白猫がぴっと指し示す先を目指し、レンガ道をのろのろと歩いて行った。 インヴェルノは街中が賑やか。住んでいる人の数もブルーメより多いようだ。ちょっぴり都会らしく、街道を歩く人々は、若い娘に限らず老年の紳士・淑女までもがおしゃれだ。頭の天辺から爪先までいつも身なりに気を使っていたブリーナには、ぴったりの街だなというのが第一印象だった。 ブリーナが住んでいるのは一軒家ではなく、街角にある集合住宅の一室だった。白い石造りの建物は綺麗。その二階の一番端がブリーナの住居である。 入口ドアから目線を下ろすと、足元に猫用と思わしき小窓があった。ビオレータの腕から飛び降りたネージュは、猫用小窓を押し開けて中に入っていったが、思い出したかのように顔だけをのぞかせた。 「少し待っていてくれたまえ」 一言残し、ネージュは再び小窓の奥へと引っ込んだ。かと思うと、すぐに鍵を開ける音が聞こえた。開け放たれたドアの向こうにいたのは、真っ白な猫ではなく、人の姿をしたネージュだった。 「さ、早く入りたまえ」 人の姿を見られてはまずいのだろう。こそこそと手招きされ、ビオレータは慌てて足を踏み入れた。 室内は暖かく、春のようにちょうど良い温度だ。それを肌で感じたのか、ずっと固まっていたミュゲが顔を上げ、抱えられた腕の中で背伸びをした。 玄関を抜けると居間につながっていた。壁際に備え付けられた暖炉には火が焚かれており、暖かさを振りまいているのだ。 「わー、あったかい!」 暖炉を初めて見たビオレータは、興味深々で近づいて座り込み、手をかざした。冷えた手先から徐々に温かさが広がってゆき、思わず笑顔がこぼれた。白猫ミュゲもだいぶ機嫌が良くなったらしく、呑気にあくびをひとつ。 「こらこら、そんな所で遊んでいないで、こっちへ来なさい」 呼ばれて振り向くと、白猫に戻ったネージュが隣の部屋へと続くドアの前で待っていた。この奥がブリーナの私室となっているようだ。 「さて、どうするかね」 水色の瞳がちらと二人を見やり、意見を求めた。とりあえず、ネージュがいくら言葉をかけてもダメだったらしい。ブリーナは窓の外を眺めて溜め息を吐いたり、一日中横になっていたりして過ごしているという。なんてダメダメぶりだろう、とビオレータは思った。 閉ざされた扉の向こうでは、ブリーナが今まさにダメダメぶりを発揮している真っ最中であった。きっちり髪型だけはセットされているものの、彼女は寝衣のままショールを肩に掛け、窓辺で椅子に座りながらぼんやりと外を眺めていた。溜め息を吐いたかと思えば俯き、顔を上げたかと思えば溜め息を吐く。その繰り返しだ。窓辺に置かれた植物の葉は力なくしな垂れ、彼女と共に元気を失ってしまっている。 ふと、俯いた彼女の横を通り過ぎ、一匹の白猫が窓辺に飛び乗った。途端にしおれていた植物は元気を取り戻し、葉先をいっぱいに伸ばし始めるが、ブリーナは気付いていない。 猫が一声鳴くと、ブリーナが顔を上げた。水色の瞳には、白い猫の後姿が映し出された。 「……お師匠さま、わたし、今とっても気分が滅入っているんです」 素っ気無い口調で言ってから、ブリーナは再度膝の間に顔を埋めた。放っておいてくれと言わんばかりの態度だ。 そんな態度を取られても、白猫は一向に動こうとしない。そして、ほんの少し間をおいてから言葉を返して来た。 「落ち込むのは仕方ない。けれど君を心配している人がいるっていう事を、忘れてはいけないよ」 俯いていたブリーナは、そのまま凝固した。師匠より若い、聞き覚えのある声だ。しかも、とんでもなく聞きたかった声に違いない。勢いよく顔を上げたブリーナの水色の瞳には、今度は正面を向いた白猫の姿が映った。その瞳は薄い青。間違いなく、憧れ続けた人のものだ。 「あ、あ、あなたはっ……!」 口をパクパクさせて指を差すと、白猫が微笑んだ(ように見えたらしい)。ブリーナの頬が一気に紅潮してゆく。 「な、な、なぜこんな所にあなたがいるんですかっ!」 ブリーナの慌てぶりは、それはもうすごかった。寝衣姿を見られまいと羽織ったショールで必死に隠し、立ち上がったと同時に床に転がった椅子に足を取られてよろめき、気付けば窓辺からは何十歩も後退り、ついには壁際まで離れていた。普段の彼女からは想像できぬ、師匠のネージュですら見たことがないほどだった。 「どうしたんだい、ブリーナ!」 騒音を聞きつけて心配になったのだろう。もう一匹の白猫・ネージュとビオレータが飛び込んで来た。二人が入ってくるやいなや、ブリーナは遠慮もなしに睨みを飛ばしてきた。 「お師匠さま! 一体どういうことなんですか!」 「い、いや、君がいつまでもふさぎ込んでいるから、応援を呼んだだけだよ」 弟子に詰め寄られ、白猫ネージュは慌ててビオレータの陰に隠れてしまった。本気で怯える姿からはカトルの威厳など感じられず、やはり情けない。 「あなたも、来るなら来ると一言言ったらどうなの、ビオレータ!」 「そ、そんなこと言ったって、急に決まったことだから……」 「おかげでこんな格好、ミュゲ様に見られちゃったじゃないの!」 ブリーナは言いたい放題で、ついには両手を頬に当て、この世の終わりとばかりに嘆き始めた。頭の天辺から爪先まで常に気を遣っている彼女には大打撃だったようだ。しかも、好きな人にダメダメな姿を見られたらなおさらだろう。 ビオレータが一生懸命になぐさめていたが、ブリーナの嘆きはしばらく止まらなかった。さきほどまでダメダメだったとは思えないが、ネージュだけは笑っていた。あれだけ元気があれば、大丈夫だろうと。 「いや、さすがはミュゲ。色男はつらいな」 作戦成功の喜びを抑えきれず、ネージュは(猫なりに)にやりと笑った。が、小脇を突かれてからかわれても、ミュゲは平然としていた。色男と言われても、所詮今は白猫なのだから嬉しくもない。そんな風に思いながら、あくびをひとつ――やっぱり眠いようだ。 すっかり日も暮れ、外界は闇色に染まっていた。 とりあえずブリーナは元気を取り戻したが、今度は別の意味で元気をなくしてしまったようだ。とはいえ、ふさぎ込むことはなくなったので、ネージュも一安心だろう。 すぐに帰ろうとしたビオレータとミュゲだが、迷惑をかけたお礼をしたいと言われ、今日の所は泊めてもうらう事になった。 お礼として振舞われたのはブリーナの手料理だ。なかなかに美味しくて、ビオレータはひとり張り切って食べていた。ミュゲの前だからと、食の進まないブリーナの分まで食べていたほどだ。 そんな彼女を見て、ブリーナは溜め息を吐いた。 ――どうせならミュゲ様に食べて欲しかったのに。 水色の瞳には、椅子の上で眠たそうにうずくまる白猫の姿が映っていた。 日付が変わるころ。 ビオレータとブリーナは肩を並べて窓際に座っていた。こうしていると、共に学んでいた頃が懐かしくなる。張り合いなんて日常的だったが、結局何をするにも一緒で、誰よりも近くにいたのだ。 「懐かしいねー。学校に行ってる頃、寮に泊まって勉強する時あったじゃない。あれ思い出すねー」 ビオレータが呑気な笑顔を向けると、ブリーナが眉をひそめた。 「あなたってば何が楽しいのか知らないけれど、皆が寝静まってもひとりで起きていたのよね。それで案の定、次の日は寝坊して、先生に怒られていたわ」 「そ、そうだったかな?」 「そうよ」 真っ赤になって慌てふためいたビオレータ。少しも変わらない様子に、ブリーナはクスクスと笑った。相変わらず、朝寝坊のくせは抜けないのだろう。 今はビオレータの呑気な笑顔が嬉しかった。春の魔法使いのくせに、心配して真冬の国にまで来てくれて、心から感謝した。ミュゲの登場も本当に嬉しかったが、それ以上に、春の日差しのように暖かい笑顔は、凍えきっていた心を何よりも励ましてくれた。だから、また頑張れる。彼女の笑顔に負けてなんていられない。落ち込んでいる暇なんてない。 「……ありがとう」 きっと照れ隠しなのだろう。それは呟きと言っていいほど小さな声だったが、ビオレータの耳にはしっかりと届いていた。共に学び、そして先を目指す友だからこそ、いつでも助け合いたい。いつもいがみ合っている二人でも、その気持ちは同じだった。落ち込むこともあるけれど、励まし合えば元気がわいてくる。 「頑張ろうね」 ビオレータはにっこり笑って、その言葉に応えた。 いつの日か、一緒に白いローブが着られますように。 そして翌朝。 ビオレータは皆の予想通り寝坊をし、ミュゲだけでなくブリーナにも呆れ返った溜め息を吐かれたのだった。 |
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