楽園の昼下がり






 天は白く明るい。だが太陽の姿はなく、また陽光も射さない。
 円形の土台を大地とした建物が所々で宙を漂うが、生物の気配が感じられない。生命の源【大樹】が青々と葉を茂らせているだけ。

 人の住む世界と隣り合わせでありながら、人の世界から切り離された白い世界。
 ここは、かつて天の支配者と言われた、翼を持つ種【翼人】の楽園。

 穏やかだけれどもシンとした空気は、孤独を好まぬ者には耐え難い。
 そんな中、遠くから聞こえてくる――無邪気な子供の笑い声。




 見晴らしの良いテラスに置かれたテーブルで、椅子に腰掛けている青年がいる。
 膝上の書物に落とされる視線は、まるで宝石のような蒼。そして緩やかな風で微かに揺れる短い髪は、晴天の空の色。
 彼は書物に視線を落としたまま、円形のテーブルに置かれたティーカップに手を伸ばす。
 手にしたカップを口元に運んで、青年――ゼルエルは眉をひそめた。

「ティア。ティアイエル」

 少し声を張って名を呼べば、建物の奥から返事が返ってくる。それはいつものこと。
 だが次いで聞こえてきたのは、バタバタと忙しなく走り回る足音と、楽しげにはしゃぐ子供の声。飛び出してきたのは、青年のような空色の髪と蒼い瞳、そして背中に純白の小さな翼を生やした2・3歳の男の子だ。

「こら、待ちなさいっ」

 走り回る子供を、女性が追いかけている。
 緩やかに波打つ長い髪は晴天の空色。瞳は紫水晶。
 ティアイエルは必死になって無邪気に走り回る幼子を追いかけていた。

 周りの喧騒も気にせず読書に耽っていたゼルエルだが、やがて走り回る事に飽きた幼子が彼の膝によじ登ってきたので、そこで読書は中断されてしまった。一瞬ムッとした表情を作るが、じっと見上げる愛らしい眼差しに怒る気が失せたのか、ゼルエルは溜め息をひとつ吐き、書物をテーブルに置いて幼子を抱き上げた。

「ハビア、こっちへいらっしゃいっ」

 息を切らせたティアイエルが、やっとの思いで2人の元へやって来ると、幼子は怯えた表情をゼルエルの胸に埋めた。
 顔を覗き込むと幼子が見上げてくる。その瞳は明らかに助けを求めていた。
 やれやれとと肩をすくめるも、悪い気分ではなく、ゼルエルは幼子から視線を移した。

「ティアイエル」

「な、なんですか?」

「……なくなった」

 言いながらゼルエルが指差したのは、空になったティーカップだ。

「そ、それくらい自分で淹れてくださいっ!」

 呆気に取られていたティアイエルだったが、はっと我に返り、真っ赤になって怒り出した。
 が、しかし……

「お前が淹れた方が美味しい」

 そう言われてしまっては返す言葉がなく、完全に反撃の術を失ったティアイエルは、別の意味で真っ赤になりながら、カップを手に建物の奥へと戻っていった。
 やっぱりあの人には敵わない、と思いながら。


 ティアイエルの背中を見送った蒼の視線は、いつの間にか眠りに落ちた幼子に向けられていた。
 天使の寝顔を見つめながら、美しい翼人は微笑んだ。



 それは楽園の昼下がりの風景。









あとがき




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