Light & Darkness


Sequel 1








 光溢れる大地が、闇を漂わせ始める。
 太陽は顔を隠し、代わりに月が姿を現す。

 夜、それは闇の名を持つ者の自由な世界。




 途切れた雲の隙間から三日月が顔をのぞかせた。
 月光が照らしているのは、渦巻く悪意に囚われた城。

 数人の兵を引き連れ、焦りと怒りが一気に押し寄せたような表情で、中年の男が城内を足早に歩いている。
 彼が目指しているのは通路を抜けた一室。そこには、数ヶ月前から翼の生えた獣人が居座っている。あの男の顔を思い出す度に苛立ちを覚えては抑え、それを繰り返していた。
 大陸オーベルドの南方を領土とする国・ガイデルは、隣国のヘルゲーデルから独立して後に貿易で栄えた。建国百周年を迎えたばかりの歴史浅い国だが、徐々に力を付けて来ているのは近隣諸国の目にも明らかである。
 国の支配者は五十代半ばの中年王。心に抱いた野望だけは誰よりも大きく、彼の望みは大陸一の繁栄を誇るアスライーゼの特許【魔猟銃】の権利を手にし、他国を制圧する事。
 だが、発展めざましいガイデルは今、暗躍する闇の使者達に翻弄されつつあった。
 数ヶ月前、このガイデルに降り立った一匹の竜。漆黒の翼を持つ竜は、王にこう語りかけた。

『誰よりも強い力、己の自由な世界が欲しいとは思いませんか?』

 聞けば漆黒の竜は、東方の大国・アスライーゼに欲するものがあるという。目的が同じならば協力し合うのが自然の流れである、というのが彼の提案だった。
 ガイデル王はまんまと彼の口車に乗り、国力を貸し与え、いいように振り回される羽目となったのだ。


 怒って急ぎ足になるガイデル王を兵達が追いかけてゆく。目的の部屋に着いたころには、皆息が上がっていた。王が視線で合図を送ると、数歩遅れて着いてきていた兵が二人、ノックもせずに扉を開け放つ。
 足を踏み入れた瞬間、室内の光景を目の当たりにした王は激しい怒りで顔を赤くした。
 白いレースのクロスをかけた長テーブルの上には、贅沢の限りを尽くした料理が広げられ、入り混じった匂いを撒き散らしている。絶え間なくグラスに注がれる酒は、全て高級品と銘打たれるもの。テーブルの上では、前足を持たない竜【ワイバーン】の子供が数匹料理をついばんでおり、時折満足げな鳴き声を発している。

 席についているのは三人。
 一人は顔に大きな傷がある男。着ている物はお世辞にも品がいいとは言えず、髪型は手入れをしているのか疑いたくなるほどボサボサだ。料理も手当たり次第口に運んでいて、食事のマナーなどあったものではない。
 二人目は女。化粧も派手・服装も派手な、夜の色香を漂わす赤い巻き毛の女。紅色に染まった口元へと上品に運ばれる料理は、先程の男と同じものであるにも関わらず、非常に高級感漂う、美味そうな料理に見える。
 そして三人目。テーブルに組んだ足を乗せ、ワインを口に運ぶ、黒い出で立ちの男。頬は痩せているものの、服装や知的な風貌が上流階級の雰囲気を漂わせており、整った目鼻立ちから、いわゆる美形の部類に入るだろう。彼の足元には首輪をはめられ、鎖に繋がれたワイバーンが、恨めしそうに眼をぎらつかせていた。
 彼らは王の存在を完全に無視しており、そこに居てもまるで見えていないかのように、それぞれの行為を止めようとはしない。王の震える肩を見て、兵達はオロオロし始めた。

「貴様等は誰の許可を得て、こんな事をしておるのだ!!」

 いきり立ったガイデル王が黒い男に詰め寄る。が、男は眉ひとつ動かさず、黙々とワインを飲み続ける。その態度が王の怒りを増幅させているのだが、彼は一向に気にも留めない。

「貴様がアスライーゼを落とすと、大きな事を言っていたから置いてやっているというのに! 一向に動きもせん! これでは利用価値もあったものではないわ!」

 ゼエゼエと息を荒げながら王が吐き出した不満に、静かに耳を傾けていた黒い男は伏せていた瞼を上げ、髪と同じダークパープルの瞳をちらと向け、フッと笑った。

「……困りますね。言葉に気をつけていただかなければ」

 言いながら空になったグラスを差し出すと、傍に控えていたメイドがすかさずワインを注ぐ。男が感謝の意を込めて微笑みかけると、まだうら若き娘は頬を紅く染めた。
 【ドラゴーネ】という種族は、その名だけで多大な影響力を持つものだ。

「あなたが我々を利用しているのではなく、我々があなたを利用してやっているのです」

「何だと!!」

「こんな無力でちっぽけな国、正面から闘ってアスライーゼに相手にされると、本気お思いですか?」

「貴様、なんと無礼な!!」

 怒りに身を任せてガイデル王が掴みかかると、黙々と食事に勤しんでいた傷の男と赤毛の女がピタリと手を止めて視線を上げた。二人の眼が獲物を狙う獣のようであったなどと、王は気付きもしない。
 黒い男が制止すると彼らは再び食事に没頭し始めた。代わりに、鎖で繋がれていたワイバーンが王の足に食いつくと、王は悲鳴を上げて床をのた打ち回った。

「ああ、気をつけてください。しばらくエサを与えていないんですから」

 立ち上がった男は、血のにじむ足を押さえて床を転がる王に冷ややかな視線を向け、脂肪たっぷりの太い足を見て口元を緩めた。

「あなたの足は余程美味しそうに見えたのですね」

 クスクスと笑う男に反して、王の色は赤くなるばかりであった。怪我を負ってなお、男に飛び掛ろうとする王を、兵達は必死になって押さえ込んでいた。
 男は黒い翼を持つ飛竜。闇を自在に飛び回る、その名は【ダークネス】。獣人の中でも最強とされる【ドラゴーネ】の竜。逆らえば、この男はたとえ王という権力者であろうとも、容赦なく殺すであろう。

「ご安心を、ガイデル王。アスライーゼには近々訪問する予定ですから」

 言いながら再び着席し、男は胸元から小さなつゆ型の石を取り出した。
 清き水のように透き通る最狂の魔陣石【アペイロン】は、形を崩しかけていた。

「あなたの指図など受けなくとも、あの国は落としてみせますよ。……白い竜共々ね」

 ダークパープルの瞳を妖しく光らせ、カイザーは口端を吊り上げた。





◇     ◇     ◇





 緑豊かな大地、オーベルド。
 【人間】、そして【獣人】が混在し住まう世界だ。
 その東方を領土とするアスライーゼは、世界一の大国であり、また最も古い歴史を持つ国でもある。古より機械の力と共に歴史を歩んできており、その象徴ともいえる大空を翔ける鉄の要塞は、今では平和の象徴としても名高い。
 また、今より四年前に即位した女王は、機械発展に貢献し、魔物のはびこる現世に【魔猟銃】という武器をもたらした。しかし現段階でこれを扱えるのは唯一人。更にアスライーゼが特許を取っており、国外への流出・異国者の使用は禁じられている。

 だがそれは上辺だけの平和となりつつあった。

 人間のみならず力ある獣人達を支配し、世界を統べるために必要な、機械の力と魔猟銃。そういった要素をオーベルド諸国は喉から手が出るほど欲しがっており、ゆえにアスライーゼとの同盟を求めたり、独身女王との政略結婚を望んだり、国自体を攻め落としたいと願う権力者もそう少なくは無い。
 しかし、そう簡単にはいかないというのが世の常。
 アスライーゼを支配する女王は、人間や獣人を統べるに相応しい人物。名はフェリーシア=フェルディナント=ララアスライゼ七世。フェルディナントとは、獣人族の長(ちょう)とも言われる竜族【ドラゴーネ】の王族の姓である。
 機械の力、魔猟銃、獣人、ドラゴーネ出身の女王。
 これだけの力を備えたアスライーゼはほぼ無敵。どんなに願いが強くとも、争いを吹っかけるような愚かな国は、もはや存在しないように思えた。

 そしてもうひとつ。
 アスライーゼを最強と呼ばせる要因がある――それは白き竜の存在。






 夜。場所はアスライーゼ城下。
 最強の力に守られた人間達は、今日一日が平和に終わり、安堵の笑いと共に酒を酌み交わす。町一番の繁華街は、夜も更けたというのに変わらず賑やかで眩しい。人込みにまぎれてみれば、酒の匂いと女の香水の香りが入り混じり、夜の雰囲気に酔いしれることだろう。

 町の平和な喧騒を遠くに、繁華街から続く裏路地では追走劇が繰り広げられていた。逃げているのは、犬というより人の形に近い、四本足で走る者。追いかけているのは、無造作に束ねた白い髪をなびかせて走る者。
 逃亡者は、人と同じ形をした手足からは想像も出来ぬ脚力で走る。追跡者を気にしてか、時折背後に視線を向け、姿が見えないと知ると口端を吊り上げて得意げに笑った。自慢の脚力に追いつけるはずは無かろうと、そう思っているに違いない。
 しかし、その慢心が仇となり、再び視線を戻した時には遅かった。闇に浮かび上がる白い存在が、前方に立ち塞がっていた。
 大慌てで身を翻し、四本足を器用に使って細い路地を阻む壁を越え、逃亡者は屋根へと逃げるが、背後から飛んできた光の槍が後ろ足を掠め、そこから転がり落ちた。落ちた先はこれまた細い路地。地面を這いつくばりながらも必死で逃げようとした逃亡者の前に、男が立っていた。
 無造作に束ねた白い髪。高価なエメラルドを思わせる瞳は、見下すように地面に伏した存在を眺めている。
 小さく悲鳴を上げ、逃亡者は後退りした。が、後方にも道を塞ぐ者がいた。金髪碧眼の、笑顔が幼い少年だ。
 逃亡者の表情が絶望に変わった。

 白い髪の男・ロックウェルは地面を這って逃げようとする男の襟首を掴み、強引に引き寄せて壁へと追いやった。
 恐れの表情を浮かべた顔面脇に荒々しく足を打ちつけると、男は小さな悲鳴を上げて身を縮こまらせた。
 追いやられた男は、狼男という表現が相応しい。人の形を保ちながらも、身体中の体毛が異様に長く、ツンと飛び出た耳や尖った鼻先、深く裂けた口は、犬科の動物としてしか見ようがない。

「し、知りません! 本当に何も知らないんです!」

 狼男は必死になって両手を振った。が、何も知らないと連呼し続けた口に銃口を突っ込まれ、今度は身もがいた。

「嘘を吐くな。そんなに死にたいのか?」

 銃のトリガーに引っ掛けた指に力を込めつつ、ロックウェルが言葉を吐き捨てると、狼男は涙目で首を横に振った。
 銃口を引っ込めてやると、狼男は派手に咳き込みながらロックウェルの顔を恨めしそうに睨んできたが、彼は動じない。

「あの時、俺達は金で雇われただけなんだ。しかも、国境の辺りで見張りをさせられていただけで……。その後、あの男達が何処へ消えたのかも知らないし、あいつらが何をしてきたのかも知らないんだよ……!」

 言いながら狼男は両肩を震わせて地面に崩れた。
 狼男の言う“あの時”とは、ドラゴーネが滅ぼされた日のことだ。
 ロックウェルとファルシオンは、一族の仇である漆黒の竜の所在を知るため、情報を求めて(飲みついでに)夜な夜な街を彷徨っていた。
 あの男は【ダークネス】。闇から闇へと飛び回り、己の姿を隠すことなど造作もない。そしてこの狼男は、ドラゴーネが滅ぼされた時、ダークネスに手を貸したというのだ。
 その情報を手に入れたロックウェルは、ようやく男を捕らえる事に成功したわけだが、この通り何も知らないという。

「またハズレですね〜。どうやらこの人も知らないみたい」

 金髪少年・ファルシオンが呑気な口調で近寄ると、ロックウェルは男の顔面脇に置いていた足を静かに下ろした。
 舌打ちして背を向けた主(あるじ)に、ファルシオンが問いかける。

「どうするんですか、この人」

「勝手にしろ」

 薄茶のコートをひるがえしてロックウェルが数歩離れると、代わりにファルシオンが狼男の傍で屈み、にっこりと笑った。

「このまま帰ってもいいけど、竜王に目をつけられたままじゃ生きた心地がしないよね?」

 少年の問いかけに、男は無言で頷いていた。

「今後、ロックウェル様の手となり足となり働くって誓えば、君がやった事は見逃してくれるって。どうする?」

 狼男に選択の余地はなく、にっこり微笑んだ小悪魔少年に誓い、竜王とその従者の手足となって働く義務が与えられたのだった。




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