結局ロックウェルとフェズはフューシャを見つけられず、仕方無くアスライーゼ城へと戻ってきた。ついでにファルシオンも見つからなかったのだが、彼の場合は放っておいても問題はない。ダチとやらは獣人らしいが、フェズ自身は普通の人間で、歩き続けたせいか疲労感は否めないようだった。本人は平気だと言い張っていたが、見ればわかる。我慢強いのは結構だが、それで倒れられでもしたら面倒なことになる。とりあえずフューシャ探しは明日にして、ロックウェルはアスライーゼ城に戻る事を決めたのだ。

「あの……ご迷惑ばかりかけて申し訳ありません」
 フェズは先行くロックウェルの背に向けて謝罪した。おそらくここがアスラーゼ城なのだろう。フューシャ探しを手伝ってもらっただけでなく、今宵の宿まで提供してもらって、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
 アスライーゼ城はキングダムとは大違いだ。キングダムのように白さはなく、雰囲気もまるで別物。初めて見るものがたくさんある。ロックウェルはこの城に住んでいるらしいが、一体何者なのだろうか。お城の騎士や兵士といった感じではない。その証拠に、城内に足を踏み入れると、すれ違う誰もが彼を「ロックウェル様」と呼び、敬うのだ。まあ見た感じで人とは違うのは確かだが。
 通路をしばらく歩くと、前方から誰かがロックウェルに呼びかけた。彼が立ち止まれば後をついているフェズも立ち止まるわけで、何事かとロックウェルの背後から前をのぞき見る。
 呼び止めたのは、白い猫を抱えた美しい娘だ。フェズはその幻想的な容貌に思わず見惚れた。歳は同じくらいか少し上だろうが、自分とは同じ場所に立っている人間とは思えないほどの違いだ。もしやお城のお姫さまだろうか。
「おかえりなさい」
 娘――レインは駆け寄ってきてロックウェルに言葉をかけた。ロックウェルはというと、「ただいま」の代わりにそっと彼女の頬に口付ける。
 ああ、とフェズは一瞬にして理解した。二人は恋人同士なのだ。なんというか、ものすごい美男美女の組み合わせで頭がクラクラした。きっとロックウェルは奔放な王様か王子様で、この姫の婚約者なのだ(フェズの妄想炸裂)。
 そんなフェズに気付いてか、レインは不思議そうに彼女に視線を向ける。灰色と空色がかち合い、互いに瞬く。
「そちらは?」
 彼女の立場なら、恋人が若い娘を連れ帰ってきただけで不安になるだろう。それは当然のことで、フェズだって同じ立場であればそう考えるだろうが……
「他人だ」
 ロックウェルのきっぱりし過ぎる返答に、フェズは思わず苦笑した。そりゃ確かに今日会ったばかりの他人で、彼女のことを想っての言葉だろうが、ものすごい言い訳だ。そして本人は至って本気なのだろう、無表情だ。彼よりは全然マシだが、言葉少なめな同タイプの人と接しているため、だいたい扱いがわかる。ここは自分が説明を入れておいた方がいい。
「あの、城下で友人とはぐれてしまって……。この町は初めてで、私自身も迷ってしまったんです。それをロックウェルさんが助けてくれて……今日はもう遅いので、こちらに泊めてもらうことになったんです。ごめんなさい、お世話になります」
 フェズがあらましを説明して丁寧にお辞儀をすると、レインは恐縮と言った風な表情を浮かべた。
「そうだったんですか、大変でしたね。今日はゆっくり休まれるといいですよ。お友達も早く見つかるといいですね」
 さすがは姫、気遣いが心に染みる。レインを姫君だと思い込んでいるフェズは、彼女の心遣いに深く感謝した。

「ところでレイン、その猫はなんだ?」
 ロックウェルは、レインが大切そうに抱えている白猫に対していぶかしげな視線を落とし、問いかけた。
「城内で迷子になっていたの。フェリーシア様に相談して、飼い主さんを探してもらおうと思っていたのよ」
「迷子だらけだな」
 レインの腕の中、白猫の薄青の瞳がじっとこちらを見ている。ロックウェルがじっと見返す。なんだか無性に腹が立つのは気のせいだろうか。
「探していたのは、あれとは違うのか?」
 いきなり話を振られ、フェズは慌てて我に返った。
「違います。それにフューシャは“猫”じゃなくて“豹”ですから」
「“豹”……【レオパルド】か」
「?」
 フェズは何のことやらと首を傾げた。
 【レオパルド】はネコ科の戦闘種だ。なかなかに面白いダチを連れている、とロックウェルは率直に思った。彼女の護衛かなにかだろうか。
「あの、私いまからフェリーシア様のところに行くの。彼女も一緒にどうかしら? お友達の事もわかるかも」
「……どうする?」
 ロックウェルに問いかけられ、フェズは困惑した。じっと見られると無性に照れるのは乙女心の成せる業だろう。
「あの、フェリーシア様って……?」
「この国の女王様です。とても優しい方ですから、きっとあなたの話も聞いてくださると思いますよ」
「あいつは女には甘いからな」
 ロックウェルは不満そうだ。
 女王様とはどんな人なのだろう。というか、女王を“あいつ”呼ばわりするロックウェルは何者だろうか。フェズはいくつかの疑問を抱いたが解決されることはなく、二人に連れられて女王の元を目指した。

 そんな中ミュゲはというと、異様な危機感に苛まれていた。あの白い髪の男に、何か敵意を向けられているようないないような。何となく自分が男であると知られたら、命が危うい気もする。とりあえず、この場は猫のフリをして切り抜けるしかない。果たして無事にビオレータを見つけることができるだろうかと不安に陥った。



◇   ◇   ◇



 その頃、フューシャを連れたファルシオンもまた、アスライーゼ城へと戻っていた。彼女の友人も見つからないし、ロックウェルも見つからない。ロックウェルより先に戻るのもマズイから、とりあえずフューシャだけを城に置いて再び城下へ戻ろうと考えていた。しかし、門番の話ではロックウェルもすでに戻っているという。とりあえず一安心だ。
「それにしても、すんごい所に住んでるのね! 門番も顔パスだなんて、アンタってばもしかして王子様?!」
 金髪碧眼の少年をまじまじと眺めつつ、フューシャがはしゃいでいる。エコーよりは劣るけど(恋心の成せる妄想)、よく見ればまあ可愛い顔してるし、もしや王子様だったらラッキー! とか何とか考えているようだ。
「そんなわけないじゃん。俺はただの居候」
 ファルシオンの後にくっ付きながら、フューシャは見るもの全て珍しそうにキョロキョロして落ち着きがない。本当にいい度胸だ。ここまで来ると尊敬に値する。
「でも居候できるだけですごいじゃん。普通、お城になんてコネがないと住めないよ」
「城主のフェリーシア様とロックウェル様が血縁関係なんだよ」
「きゃーすごいわね【竜王】さまは! 美形な上に王子様だなんて!」
「……あのね、あんまり期待しないほうがいいよ。ロックウェル様って他人には容赦なく冷たいから」
「ああ、クールなお方なのね。安心してよ、そういう奴とは知り合いだから慣れてるし」
 何を言っても怯まないフューシャは、ある意味すごい。ファルシオンはふうと溜め息を吐いた。何だか疲れる相手だ。
「ところでさ、君ってば何の獣人なの? その耳でネコ科なのはわかるけど」
「獣人ってなに?」
「知らないの? 人と獣の姿を持つ人種のことだよ。君とか俺みたいな」
 ファルシオンの言葉に違和感を覚え、フューシャが首を傾げた。人と獣――自分はともかく、彼も同じとはどういうことか。
「アンタはその獣人ってヤツなの?」
「そうだよ。俺は【ドラゴーネ】。君は?」
「【ドラゴーネ】? 何だかよくわかんないけど、私は“豹”。ほら!」
 フューシャは、ファルシオンの目の前であっという間に白い豹に変身して見せた。ファルシオンの碧眼が見開かれる。彼女はネコ科の戦闘種【レオパルド】だ。だが本人には全く自覚がない。本当に知らない世界から来たという感じがしてきた。

 そんなこんなで通路のど真ん中でやり取りをしていると、遠くからファルシオンを呼ぶ声が聞こえて来た。誰だろうと瞳を凝らすと、何かを大事そうに抱えた大男・サラが手を振りながら駆け寄ってくるではないか。
 サラは主の元にやってくると、何より先にあっと声を上げた。
「なあ、ほら。もしかしてこれか? ミュゲくんっていうのは」
 胸に抱えた黒猫にサラが一生懸命言葉をかける。
 疲れて眠っていた黒猫ビオレータは何事かと瞳を開き、半覚醒の状態で顔をのぞかせた。そして間近に迫った巨大な白猫(正しくは豹)の顔に一瞬にして蒼白になった。
「きゃー! 食べられちゃうー!」
「失礼ね! 食べるわけないでしょ!」
 発せられたのは互いに女の子の声で、二人は顔を見合わせてしばしの間硬直していた。
 しかし白豹をミュゲだと思い込んだサラは、途端にがっかりしていた。あの大きさといい白さといい、間違いないと思ったのに。しかも女の子だったとは。
「なんだ、違うのか……」
「サラちゃん、その猫どうしたの? いま喋ったけど、その子も獣人?」
「坊っちゃん。っていうと、それも獣人ですか?」
「豹娘」
「人型は見てませんが、こっちはどうやら猫娘のようです」
 ファルシオンとサラは顔を見合わせて溜め息を吐いた。なんという猫(しかも迷子)日和だろうか。
「この子は、連れの白い猫を探しているんです」
「こっちは女の子だって」
 ファルシオンのその言葉に、サラは何かを思い出したようだ。
「女の子といえば……竜王さまが見知らぬ女の子を連れ帰って来たそうですよ。メイドさんたちが噂してました」
「えっ、ロックウェル様が? あり得ない!」
「でしょう。もしかして、その子の探している娘じゃないですかね?」
「ってことは、まずはロックウェル様に会った方が良さそうだね」
 見詰め合ったまま硬直するフューシャとビオレータを放置し、ファルシオンとサラはさっさと話をまとめていた。



◇   ◇   ◇



 ロックウェルの元を訪れたファルシオンとサラは、そこでレインに抱えられた白猫と灰色の髪をした少女に会う事が出来た。偶然というか、よくもまあ見事に集結したものだと感心してしまうが、とりあえず四人(正しくは三匹プラス一)は再び見える事ができたわけだ。めでたしめでたし。
「あーん、フェズ! 寂しかったよー」
「フューシャ!」
 感動の再会を喜ぶ少女二人の傍らで、ファルシオンが渋い表情を浮かべている。途中からロックウェル探しに夢中になっていたくせに、寂しかったなどとよく言えるもんだ。
 ちなみにフューシャは、フェズを見つけたことより先にロックウェルの美形っぷりに狂喜乱舞していた。ロックウェルは「うざい」とか言いながらまるで相手にもしていなかったが、それでも怯まなかったフューシャは、やはりちょっと只者ではない。
「ミュゲくん!」
 一方では、黒猫ビオレータが白猫ミュゲに駆け寄っていた。今にも泣き出しそうなビオレータに、ミュゲがこっそりと耳打ちする。
「ビオレータ」
「なに? ミュゲくん」
「しっ。あの、僕が喋れるっていうことは皆には内緒にしておいて」
「なんで?」
「……命の危険にさらされているからだよ」
「?」
 ミュゲの言葉の意味がわからずにビオレータは(猫なりに)不思議顔を浮かべていた。
 今ここで“人の姿を持つ男”だと知られたら、間違いなく瞬殺されそうなほどの気配を肌で感じ、ミュゲは無言で佇んでいた。こうなったら何があっても口開いてはならない。

「取り込み中に申し訳ないが、話をしてもいいかね」
 感動の再会を一時打ち切ったのは、椅子の背にもたれてこちらを見つめる麗しの女王様だ。豪華に巻いた黄金の縦ロールに高価なエメラルドさながらの瞳。そこらの美人とは威厳も風格も違う、いかにも“無敵です”オーラを発するアスライーゼの王である。
「私の下僕共(レイン除く)の話をまとめると、そちらの娘二人は【ホワイトレド】、こちらの猫達は【エスタシオン】という名の国から来たそうだな」
 はいと頷きながらも、一同は“下僕”のフレーズに苦笑する。さすがは女王様。大の男を“下僕”呼ばわりとは。
「うーむ。いかに博識な私といえど、そのような国の名前は存じぬな」
「……自意識過剰」
「自分で言うといやらしいよね」
 ロックウェルとファルシオンが勇敢にも口を挟んだが、エメラルドにぎろりと睨まれ、口をつぐむ。その様子に、フェズだけは何だか気持ちがスカッとする思いがした。
「思うのだが、それらの国は全く別世界のものなのではないのか?」
「え?」
 誰もが顔を見合わせる。一体この人は何を言っているのかと。
「まあ、私自身も確信は持てないからな、それは良しとしよう。さて、娘や猫なら無条件でこの城に置いてやるのだがな、お前達も帰りたいだろう?」
 うん、と一同が頷く。するとフェリーシアはにっこりと笑った。
「だったら、全く同じ事を再現してみれば良いではないか」





「きゃーやめてー! おろしてー! 人でなしー!」
 アスライーゼ城、南方の研究塔内に悲鳴が響き渡る。上を見上げてみれば、吹き抜けの五階、手摺の外でファルシオンに両手で支えられる黒い子猫と、同じようにしてサラに支えられる白猫の姿が見える。
「安心しろ! 地面すれすれになっても何も起こらなかったら、この男が命をかけてお前達を助ける!」
「ちょっと待て、何で俺なんだ」
 フェリーシアにバシッと肩を叩かれ、ロックウェルは眉をひそめた。
「この私に逆らう気か? トラブルを持ち込んだのはお前達だ。だったら少しは働け」
 なんという女王様だろうか。たとえ男前だろうがなんだろうが、容赦なく顎で使うその姿に、最下層でじっと立ち尽くすフェズとフューシャは尊敬の念を抱いた。実に格好いい。
 フェリーシアの提案はこうだ。空から降ってきた猫達が、下を歩いていた娘達に衝突しそうになった時、事件は起こった。その状況を再現してみれば、何かが起こるかも知れないと。
 しかし、下で待機するフェズとフューシャはともかく、上から落とされるビオレータとミュゲは堪ったものではない。一歩間違えれば死んでしまうではないか。
「うえーん、もう帰りたいよう……」
 ファルシオンに支えられながらビオレータは泣き出した。どうしてこんな事になってしまったのか。死んでしまったらどうしよう。隣をちらと見ると、白猫ミュゲは冷静なのかそれとも諦めているのか、四肢をだらんと投げ出し、ぬいぐるみ状態である。この状況下においても一言も言葉を発さないという徹底振りは見事なものだ。これ以上にどんな恐ろしい事態が彼を待っているというのか。
「頑張ってね。危なかったらきっとロックウェル様が助けてくれるから」
 ファルシオンの呑気な物言いに、ビオレータが振り向いてキッと睨む。
「きっとってなによー!」
「たぶん」
「いやーっ!」
「うそうそ、絶対」
「うっうっ……」
 ここまで来たら諦めるしかないだろう。ビオレータは奇跡を信じ、瞳を閉じた。

「よーし、ではやれ!」
 フェリーシアの合図と共に猫達が放たれる。黒猫の悲鳴が響き渡るが、それでも白猫は頑なに口を閉ざす。
 上空から降ってくる猫達を、最下層の少女二人は寄り添い合いながら見守っていた。これからどうなるのか、失敗したらあの猫達は、そして自分達はどうなるのか。フェズとフューシャは耐え切れずにきつく瞳を閉じた。
 もう少し、あと少しという所まで来ても何も起こらない状況に、(仕方なく)ロックウェルは救出の準備をしていたが。二組が衝突する間際に奇跡は起こった。
 光が爆発したかと思うと、不思議な眩さが四人を包んだ。あまりの眩しさに誰もが瞳を瞑った。

 光が治まったのは数分後だった。ゆっくりとまぶたを上げると、上から降ってきていた猫達も、下で待ち受けていた少女達の姿も消えていた。まるで幻だったかのように。
「消えちゃったね〜。一体なんだったんだろう?」
「やっぱり、違う世界の子たちだったんですかね」
 五階から最下層を覗き込み、ファルシオンとサラが呑気に会話を交わす。全くもって不思議な出来事だった。
「うむ、やはり私の考えは妥当だったな!」
 作戦成功の喜びを噛み締め、フェリーシアがぐっと拳を握る。その傍らではロックウェルが盛大な溜め息を吐き、レインが苦笑していた。



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