Light & Darkness
Sequel 3
「ロックウェル、今日のあなたは一段と素敵よ」 瞳をキラキラさせ、長身美形の白い男をうっとり眺めて溜め息を吐いたのは、女王の義従妹・リリエンヌと多数のメイド達である。 本日のロックウェルは、隣国ロイゼで開かれる夜会に(強制的に)出席させられるため、一国の王さながらの衣装を着せられ、無愛想一際である。 普段は身なりに気を遣わない彼だが、無造作に束ねられていた髪はいつもより高い位置でしっかりまとめられ、擦り切れたコートの代わりにビラビラとした窮屈な衣服を身にまとっている。羽織ったマントの襟元に使われた羽根飾りが無駄に豪華さを演出しているが、着ている本人は羽根先が引き起こす不快感に表情を歪めっぱなしだ。 しかしさすがは王族出身者。発するオーラは王者の風格。堂々とした佇まいと有無を言わさぬ視線を持ってすれば、仮に彼がアスライーゼ王だと名乗ったとしても、恐らく誰も違和感など抱かないだろう。 そんなわけで、ロックウェルはうっとり眼差しの女性陣に取り囲まれ、不貞腐れているのである。 「はははは。よく似合っているじゃないか」 取り巻き達の輪から離れた場所で、フェリーシアがニヤニヤと笑いを飛ばして来た。こんな格好をさせられているのも、元はと言えばお前のせいだろう、とロックウェルが睨みつけたが、彼女は全く動じず、エメラルドの瞳は冷やかしの視線を投げてくる。ついでにレインに見せてやれとフェリーシアが提案したが、ロックウェルは頑なに拒んでいた。 「ファルはどうした」 「あいつなら、狼男を連れて城下のナントカという酒場に行ったぞ」 「またあそこか……」 思い当たるのは自分が行きつけの店だ。連れて行こうと思っていたのだが、ファルシオンは恐らくそうなることを見越したのだろう……逃げたのだ。 こんな事なら狼男を傍に置く許可など与えなければ良かった、と心中で後悔を呟いた。が、時すでに遅し。 「ほら、諦めて行きましょう」 こちらも美しく着飾ったリリエンヌが、ロックウェルの腕に絡み付いて彼の横顔を見上げた。 ライトブラウンの豊かな髪を豪華に巻き、上質の布で作られたワインレッドのドレスを着用。胸元には、最高峰と呼ばれる職人が細工したルビーのペンダント。そして極めつけ、エスコートするのは誰もが見惚れるイイ男。王の代理として行かされるのだから、この程度の贅沢、許されなければ割に合わない。 「あんまり引っ付くな」 鬱陶しげに見下ろすエメラルドの瞳を、リリエンヌの金の瞳がムッとして見返す。 「こんな時でもなければ引っ付けないんだから、いいじゃない。男のくせにケチケチするんじゃないわよ」 さすがはフェリーシアの義従妹。こちらも彼女に負けず劣らず強気だ。 竜王に対し、強気発言ができる者はアスライーゼ城でも数少ない。直接的血縁関係はないが、リリエンヌはそこそこ気を許される存在であるようだ。彼女が二つばかり年上であるのと、レインを可愛がっている辺りがその理由だろう。 「ということで、フェイ、行ってくるねー!」 「ああ、行ってらっしゃい」 片瞳を瞑り上機嫌で手を振るリリエンヌに、フェリーシアが笑みを返す。二人の作戦は無事成功した。 すっかりはめられたとロックウェルは観念し、片腕にリリエンヌをぶら下げながら歩いていった。 二人が向かったのは城の屋上だった。 吹き抜ける風に、束ねた白い髪とライトブラウンの髪がなびく。 「えーっ! 竜に乗っていくの?!」 不満げに叫んだリリエンヌ。視線の先には、大人が二人、その背に広々と乗れるだろう巨大な飛竜。暴れもせず大人しくしているのは、草食竜であるからだ。 しかしロックウェルは至って平然と言葉を返す。 「さっさと行って終わらせたいんだよ。嫌なら歩いて行け」 「……あなたに合わせて暮らしている、レインやファルシオンの気が知れないわ」 ぼそりと呟かれた言葉にエメラルドの睨みが飛ぶ。が、それくらいで怯えるリリエンヌではない。仕方ないと諦め、彼女は飛竜に近づきその背を優しく撫でた。竜はちらと彼女に視線を向けると気持ち良さそうに声を上げた。 「でもいいのかしら? レインの特等席まで借りちゃって」 と言いつつも、申し訳ない気持ちなどリリエンヌは持ち合わせていない。せっかくだから、徹底的にイイ思いをしてやろうというのが彼女の本心だ。 この男が他の女に目を向けることなど、今の所まず有り得ないだろう。それはリリエンヌも十分過ぎるほど理解しているし、彼女とてロックウェルを本気で好きなわけではない。むしろフェリーシア同様にレインを妹のように可愛がっているので、二人が幸せである事に何ら不満はない。 だがイイ男に近づきたいと思うことは、女性であればごく自然な心理。ドラゴーネの義従姉のお陰で滅多に近づけない竜王がそばにいる。こんな時こそ存分に利用してやるのだ。 「何でもいいから早く乗れ」 すでに飛竜に乗り上げたロックウェルが素っ気無く言うと、リリエンヌは腰に手を当て溜め息を吐いた。表情はかなり渋い。 「私は普通の、ごく一般的な人間の女なんですけど。あなたの叔母上のようにそこまで飛び乗れとおっしゃるの? こんなビラビラのドレスで?」 もう少し気を遣えという意味を思い切り込め、リリエンヌが最もな発言をした。 が、ロックウェルは悪びれもしない。面倒くさそうに竜から降り立つと、彼女を抱え上げて軽やかに竜の背に飛び乗った。 「これで宜しいですか」 吐かれた台詞はまさに棒読み。 この男は……と“微かな怒り”そして“大いなる諦め”が改めて生まれた瞬間だった。相変わらず恋人以外には素っ気無い。 彼の場合、自分から動かなくとも女性達が放っておかない。そのせいか、女性に関しては常に“受身”なのである。聞いただけならなかなかに最低男だが、それでもやはり顔が良ければ結果全て許されるのだろう。 「はいはい。あなたに色々期待した私が馬鹿でした」 肩をすくめてリリエンヌが息を吐く。 だが次には笑顔が浮かんでいた。 「それじゃ、さっさと行って来ちゃいましょうか」 白い指先が傾き始めた夕日を差す。 もう少し時が経てば、やがて夜がやってくる。 面倒くさがり二人を乗せた飛竜は、アスライーゼの西方・ロイゼに向けて翔け出した。 不気味な黒い影が、アスライーゼに近づいていると気付かずに。 騒がしい竜達が不在であるからか、今宵は静寂が漂っている。空に点在する途切れた雲は、風に身を任せゆったりと流れてゆく。 あまりの静けさに、研究塔に向かって歩いていたフェリーシアはふと足を止め、空を見上げた。王城を優しく照らす三日月をエメラルドの瞳が凝視する。そこに何か見えているかのように。 ほんの一瞬、瞬きする間、輝く月が影に覆われた気がした。 神経を研ぎ澄ませて周囲の気配を探る。しかし、怪しい気配は感じられなかった。 「……気のせいか」 一言つぶやき、フェリーシアは再び歩き始めた。 その背を見送る黒い影に、彼女は気付いていなかった。 二日前に倒れたレインは、まだ本調子でないため、早めに休もうと自室のベッドで横になっていた。 いつも何かと世話を焼いてくれるメイドのノアが、気遣って室内を完璧に整えてくれ、一仕事終えた彼女は姿勢を正して一息吐き、レインが横たわるベッドに向き直った。 「では、私はこれで失礼いたします」 ノアが一礼をすると、レインも身体を起こし、丁寧にお辞儀を返した。 先に頭を上げたノアがクスクスと笑いを洩らす。何とも可愛らしいお嬢さんである。 “あの”竜王の恋人なのだから、もっと我儘かと思いきや、レインはむしろ自分に世話係がいること自体、とても申し訳なく思っているようである。 レインは勝手気ままな竜王には勿体無いくらい清い心の持ち主で、その上とても礼儀正しい。ノアに対しても常に感謝の気持ちを抱いてくれるので、彼女の世話係というのは非常に気が楽なのである。それにしっかりお給料を頂いてこの役目を任されているのだから、本人は全く気にもしていないというのに。 「ゆっくりお休みになってくださいね」 「はい。ありがとうございます」 笑顔を向けてきたレインの顔色を確認してから、ノアは静かに扉を閉めた。 ひとりきりになると室内に静けさが広がった。 ロックウェルは今夜は隣国の夜会に出席するため、すでに出かけてしまっている。見送りに行きたかったけれど、何故か頑なに拒まれてしまった。 ファルシオンもどうやら不在の様子。恐らく部屋への訪問者は今夜はないであろう。いたとしてもフェリーシアくらいだ。 風が出てきたのか、カタカタと窓が揺れ始めた。 普段は何も感じないその音が、今夜は何故か不気味さを漂わせている。 瞼をきつく閉じてもなかなか眠れず、レインは身体を起こした。 何故だろう、とても不安だ。 ロックウェルがそばに居ない事が不安なのか。けれど彼とは約二年も離れていたのだから、一晩ひとりになったからといって寂しくなるほど、自分は子供ではない。何か違う、嫌な気配が近づいているように感じられた。 それは、かつて感じたことのある気配。 あの日――村が滅ぼされた時と重なる、嫌な感覚。 早まる鼓動を抑えるように胸を押さえて息を吐いた――その時。 扉をノックする音が室内に響き、細い肩がびくりと跳ねた。 レインは息を呑んだ。 今夜、この部屋を訪れる者はいないはず。一体誰か。 ――いえ、きっとフェリーシア様かファルだわ。 そう、そうに違いない。この二人以外に、今夜この部屋を訪れる者はいない。何を不審がる必要があるのか。 強く心に言い聞かせ、レインは静かに扉を開いた。 ゆっくりと、外を覗く程度に押し開かれた扉の向こう側に見えたもの。 この城で身につける者はいない、黒いネクタイ。 見開かれて固まったスカイブルーの瞳は、そのまま視線を上げて凍りついた。 「今晩は」 そこに立っていたのは、勝気な女王でも金髪碧眼の少年でもなく、ダークパープルの瞳を細めて微笑む、黒い出で立ちの男だった。 |
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