× 第1章 【炎の魔術師】 4 ×





 訳あって山から下りた事は何度かあるのだが、王都にやって来たのは初めてだった。第一印象は華やかの一言。街中は人々の活気に溢れていた。
 イグネアは都に着くや否やすぐさま帰りたい衝動に駆られ逃亡を企てたが、案の定というか我国一のコンビに、小動物を扱うがごとくあっさり再捕獲されてしまった。用意されていた馬車に無理やり押し込まれ、あれよという間に馬達は駆け出していたのである。
 王城へと向かう馬車の中、イグネアは小窓に張り付いて流れる景色を眺めていた。王都はとても賑やかだ。城下町は人で溢れ、山奥の静けさが懐かしいほどの喧騒が広がる。一般人だけでなく、商人に旅人に騎士に剣士……様々な人間達が闊歩する。見る者全て身なりはそこそこで、若い娘だけでなく老人も青年も着飾っている。
 あれぞ今を生きる人間の姿だなあ、などとイグネアは呑気に考えていた。しばらく見ないうちに、世界はこんなにも色鮮やかに変化していたのかと思うと、もうちょっと町にも出ていれば良かったかなと考えてしまう。面倒くさいし目立ちたくはないけれど、そういう雰囲気を少し楽しいと思ったのは嘘ではない。無くしたはずの娘心が、ほんのり甦ったような感傷に浸ってみたりする。
「楽しそうだね」
 思い切り顔に出ていたのだろうか、つまらなそうに肘をついてリヒトが問いかけた。彼がつまらなそうにしているのは、恐らくイグネアが相手にする価値もない娘で退屈しているだけなのだろう、と予想はできた。
 イグネアは首を捻り、またしてもずれ落ちていた眼鏡を正した。
「こういう大きな町に下りたのは本当に久しぶりなので。山奥は緑と茶と、決まった色しかなかったですから」
「君、あそこに住む前はどこにいたわけ?」
「言いたくありません」
「俺達には王の書状があるんだけどなー」
 丁寧に巻かれた許可状を揺らしつつリヒトが言えと脅しかけると、おかしな唸り声を上げてイグネアは怯んだ。
 そんな彼女を救ってくれたのは、意外な事に隣で静かに読書に勤しんでいたヒュドールだった。
「余計な会話は読書の邪魔だ」
 碧眼は書物に釘付けのまま。端整な横顔だけがよく見える。
 なるほど、そういう理由か……と真紅の瞳がちらと見遣るものの、相手は一向に気にしない。何というか、図々しいうえに付き合い難い人種である。そもそも昔から【魔術師】と名乗る者には変わった輩が多かったのだが。

 そうこうしている内に城へと到着した。城門をくぐり、馬車は真っ直ぐに王宮の入口へと向かう。完全に停止すると番兵がすぐさま近寄って扉を開け、開くやいなやリヒトが先立って馬車から降りた。イグネアは彼に続こうとしたのだが、彼女を押しのけてヒュドールが降りる。やはりこの人図々しい、などと思わずムッとしつつ狭い扉から顔を覗かせると、すっと手が差し伸べられた。
「お手をどうぞ、お嬢様」
 にこやかに微笑みつつ、手を差し伸べてきたのはリヒトだ。彼の向かい側には無表情のヒュドールが立っている。手こそ差し伸べないものの、彼はイグネアが降りるまで待ち、道を譲っている風である。
 ああ成る程と理解した。どんな相手であれ、女性に対し紳士に振舞うのが王宮務めの男なのだろう。ご苦労なことだ。というか、それならそうと一言言えばいいものを。
「別にいいですよ、そんなの」
「そうは参りません。これも紳士の仕事ですので」
 断ったにも関わらず、強引に手を取られてイグネアは馬車から降りた。思いのほか階段が高く、小柄な彼女はむしろ飛び降りたという感じで、着地と同時に眼鏡がずれ、またしても正すはめになってしまった。その姿を見てリヒトが笑っていたのは言うまでもなく。
 とりあえず、こういった女性を扱う仕事は騎士であるリヒトがこなすらしい。魔術師は国力の象徴であるためか、実質的階級は存在しないが、騎士よりも立場はやや上と思われる。ゆえに、ヒュドールは少々高慢な態度を取っても許されているようだ。彼の場合、少々どころか大いにな気もするが。
 リヒトに手を取られたまま歩き出し、イグネアは王宮へと足を踏み入れた。高い天井に磨かれた床、そして白い壁に彫刻の施された柱。所々に飾られた調度品は高級感を漂わせつつも上品で、照らすためではなくむしろ装飾としか言いようが無い花を形取った大きな【魔光燈】からは惜しげもなく光が降り注ぎ、瞳が眩んだ。
 立っているだけで疲れてしまいそうな豪華絢爛さだが、美形の騎士と魔術師にとっては背景でしかないらしい。豪華な王宮の中でも二人の存在感は圧倒的で、自身が花でもしょっているんじゃないかと思うくらいに眩しいったらありゃしない。
 それよりも、なんとまあ無駄に豪華な雰囲気かと正直気後れしてしまう。自分は支払っていないが、国民の税金がこんな所に流れているのかと思うと不憫でならない。
 そんな風にぼんやりと周囲を眺めていると、不意に気付いた。
「なんか、すごく見られてますね、私」
 率直に感想を述べると、リヒトが笑顔を向けてきた。どうやら彼は、基本姿勢がこんな感じ――要するに、必要以上なフェミニストで、明るい性格――らしい。自分だけでなく、女という種類には分け隔てなくこんな感じなのだろう。
「ああ、噂の【炎の魔術師】がどんな娘なのか、気になるんじゃないの」
「……なんで、ちょっと笑ってるんですか?」
「いやいや、別に笑ってないよ。失敬だな君は」
 と言いつつも、リヒトは明らかに笑いを堪えているのだ。
 しかしそんな眼差しに混じって、明らかに敵意めいたものを向けてくる者もいる。その全てが女性なのだが……まあ、気持ちはわからなくもない。
「女性の方々は別な意味で見てるみたいですよ。きっと麗しいお二人が、私みたいな娘を連れていて、不釣合いだと思っているのでしょう」
「よく解ってるじゃない。やっぱり魔術師というだけあって、洞察力はヒュドール並みだね」
「俺の方が優れてる。お前、失敬だぞ」
 頭上で交わされる会話を一番失敬だと思っているのはイグネアだという事に、二人は全く気付いていないのか、それともわざとなのか……。

 さて、王宮にやって来たからには国王陛下に謁見をする必要があるわけで。謁見だなんて、許可が下るまでに恐ろしく時間がかかるのだろうなと思っていたが、何て事は無く、ほぼ二人の顔パス的な感じであっさり承諾されたのだ。そんなんで大丈夫なのだろうか、この国は。
 王さまに会うからと言ってわざわざ着替えようとも思っていなかったものの、やはりそれも必要なんだろうな、と考えていたにも関わらず、身支度を整える間もなくイグネアはあれよという間に王の御前まで連れて行かれた。

 玉座を前に、イグネアの両脇ではリヒトとヒュドールが床に跪き、頭を垂れていた。かと思ったら、服の裾を引っ張られ、何事かとイグネアは下を向く。わずかに視線を上げ、ヒュドールが何かを訴えている。それが「お前もやれ」だと理解するのに、少々時間がかかった。
 二人に倣って頭を垂れているため、国王陛下の登場シーンを見ることができなかったが、複数の気配が一気に流れ込んできて、それで気配を察知した。
「話は大臣から聞いた。リヒト、それからヒュドール。ご苦労だったな」
 野太い声が広間に響く。声から判断するに、五十代くらいだろう。どんな顔かと見てみたいものの、まだ顔を上げてはいけないようだ。その証拠に、両脇の二人は頭を垂れたまま言葉を発していた。
「勿体無いお言葉です」
「うむ。して、【炎の魔術師】は連れてきたのか?」
「はい。この娘にございます」
 リヒトが言った後、数秒間の沈黙が漂う。
「ほら、顔を上げて、名乗る」
 リヒトに肘で突かれて、イグネアはようやく理解した。そしてほんのり緊張しつつ、顔を上げた。
 ――あのチョビヒゲめ!
 道中幾度と無くヒュドールが文句を言っていたが、なるほどとイグネアは納得した。国王陛下の第一印象は“チョビヒゲ”だからだ。豪快な笑顔を浮かべる中年王の口元には、確かにちょびっと生えたヒゲが良く目立つ。あまりにも適当すぎる表現を褒めてやりたいほどに。
「【炎の魔術師】、イグネア=カルブンクルスと……申し、ます」
 笑いを堪えつつ、なんとか名乗る事に成功したイグネア。俯いていたせいでずれ落ちた眼鏡を正しつつ、真紅の瞳が玉座へと向く。
 しかし国王はというと、彼女の顔を見た途端、例に洩れず思い切りがっかりしたようだった。彼もまたリヒト同様に、【炎の魔術師】に何だか要らぬ妄想を抱いていたのだと一瞬にしてわかった。どうせもの凄い美女がやってくるとでも思っていたのだろう。この部下にして、この王ありか。全く、無意味に期待を抱かれたこちらは大変迷惑である。
「そ、そうか。そちが炎の……そうか、残念だな」
 何が残念なのだろうか。残念なのはこっちだ。勝手な妄想を抱いておきながら、なんだろうかその言い草は。イグネアは軽く溜め息を吐いた。何だかとても疲れる。
「しかし、その瞳は実に素晴らしい。紅とは、そのように輝く色だったとは、初めて知った」
 これまでに見た事もない真紅の瞳に、王はおろか側近たちまでもが感嘆の息を洩らした。燃え上がる炎よりも紅く、情熱的な色。それこそまさしく【炎の魔術師】の証だと。
 スペリオル王は望んだ者を手に入れた事で大変機嫌が宜しい様子。一人納得したように何度も頷いていた。
「イグネアよ、慣れぬ空気で疲れたであろう。部屋を用意させるから今日はゆっくり休むといい。おお、そうだ。宮中の暮らしに慣れるまで不便もあるだろう。よし、ヒュドール、しばらく面倒を見てやれ」
「はあ?!」
 遠慮もなしに不満げな声を発しつつ、ヒュドールが猛烈な勢いで顔を上げた。
「ちょっとお待ちください、なぜ私なのですか!」
「同じ魔術師であろう。部屋はそちの部屋の近くに用意させるから」
 魔術師だからと言って、なんでこの俺がこの山娘の面倒を見なければならないのか! ただでさえ下らない理由で山登りさせられたストレスに加え、不満はいよいよ爆発する寸前だった。繊細で美麗な顔に、ふつふつと怒りの表情が浮かび上がる。
「ふざけるな、このチョビ……!」
「お任せ下さい、陛下! ご命令どおり、彼女に王宮での生活を教えておきますので!」
 危うい所で、リヒトが脇から身を乗り出して口を塞いだ。おいおい、一体何を口走る気だとリヒトは慌てていたが、ヒュドールは射殺すような勢いでチョビヒゲ……もとい国王を睨みつけていた。

 そんなこんなで謁見の間を退出した三人だが、扉が閉められるやいなやヒュドールはリヒトに詰め寄った。
「貴様、余計な事を言いやがって!」
 一瞬にして凍りつきそうな冷気を帯びた瞳で、ヒュドールがリヒトを睨みつけている。美形が怒ると必要以上に恐ろしい。
「またそんな乱暴な言葉使って。折角の美形が台無しだから止めろって言ってるだろ?」
「話を逸らすな!」
 もの凄い剣幕で文句を言い出したヒュドールに、リヒトはやれやれと肩を上げた。全く短気で困る。
「あの場合仕方ないだろう。第一、陛下本人に“チョビヒゲ”なんて言おうものなら牢獄行きも免れないぞ。王宮での仕事が無くなったら、お前みたいにひ弱で潔癖なタイプはきついぞー?」
「余計なお世話だ! 女は得意分野だろう、貴様がやれ!」
 すると黄金の瞳が一瞬だけイグネアを見遣り、次いでリヒトは軽い溜め息を吐いた。
「悪いけど、好みじゃないんだよね。大体、俺の私室はお前達の“術師棟”から離れてるし。ま、いいじゃん。お前のその、主婦も驚きな家事の手腕があれば、いかな山娘といえどそのうち落ちるかもよ? そういうわけで、頑張ってね我が麗しの相棒よ!」
 片目を瞑って爽やかに手を振り、リヒトは高らかに笑いながらあっという間に去っていってしまった。その逃げ足といったら、流石は鍛錬を積んだ騎士といった風だ。
 その後姿を呆然と見送っていたイグネアだが、妙な殺気を隣から感じ取り、ちらと視線を上げた。案の定、凍てついた青碧の瞳が忌々しげに見下ろしているではないか。
「あの、私はやはり帰ってはいけませんか?」
 まあ、大方予想はしていたが……その問いかけは白銀の魔人の怒りを一層募らせたらしい。
「貴様は俺達の苦労を水の泡にしたいらしいな。それとも何か、貴様が今すぐにでも水の泡になるか?」
「……いえ、結構です」
 この人ならやりかねない、とイグネアは心中で呟いた。何たって初対面の人間に魔術を食らわすような冷血漢だから。しかもどうやら興奮状態らしく、これまで以上に口調が荒い。それが一層脅しめいていて、普通ならば女子どころか男もすくみ上がる事は必至だろう。
 大体、勝手に連れて来たのに何だろうかこの邪魔者のような扱いは。だから嫌だと言ったのに。ああもう、何だか本当に山に帰りたくなって来た。
「帰りたいならあのチョビヒゲに直談判するんだな。運が良ければ通じるかも知れないぞ。最も、未払いの国民税を全て払えたらの話だが」
 イグネアはうっと言葉を詰まらせた。金を稼いだ事がないのだから、今すぐ払えと言われても無理だ。
 おろおろするイグネアを一瞥して舌打ちすると、ヒュドールは心底不機嫌そうな顔でさっさと立ち去ってしまった。声をかけようとしたが、遠のいてゆく背中は何人たりとも近づく事を許さぬ雰囲気を漂わせており、それは叶わなかった。
 別に面倒を見てもらおうとか考えてもいないのだが……
「部屋が、わからないんですけど」
 結局、イグネアはその辺にいた女官やら兵やらを捕まえて聞きまくり、どうにか用意された部屋に辿り着く事が出来たのだった。


 イグネアの私室として用意されたのは、ヒュドールも言っていたように、山の一軒屋よりも遥かに広い一間だった。ベッドも椅子もテーブルも、カーテンもシーツも何から何まで勿体無いと思うほどの高級品。何気なくクローゼットを開けて見れば、何を勘違いしたのか妙にセクシー系の衣装が揃っている。ますますご期待に添えなくて申し訳ありませんと謝りたくなってしまった。
 部屋があるのは、王宮内に仕える魔術師達が集う“術師棟”である。イグネア自身は今後どのような扱いになるかは未知だが、ヒュドールや他の魔術師達は戦力としての役割も与えられているようで、術師棟は高位の騎士が私室を持つ“騎士棟”や王宮と繋がっており、その中間に位置していた。恐らく緊急事態に備えての配置だろうと思う。
 広すぎるゆえに落ち着かず、適当にうろうろしていると、しばらくして一人の女官が現れた。何だろうと思って首を傾げていると、なんと彼女はイグネアのために用意された専属の侍女だという。
 イグネアは大いに慌て、そして丁重にお断りして女官を(ほぼ強引に)退室させた。自分の事は自分でできるし、必要以上に関わり合いを持たれるのはごめんだった。
 女官は非常に困惑していたが、イグネアがあまりにも嫌がるため、渋々引き下がってくれた。彼女の事は、あとで何とか話して納得してもらうしかないだろう。
 扉を閉めるやいなやイグネアはがっくりと項垂れ、盛大な溜め息を洩らした。重い足をずるずると引きずってソファに腰掛ける。無意味なまでのふんわり感はどうにも安定が悪く、小柄な彼女は足もつけられずにゴロゴロと転がっていた。

 ――困ったことになった。

 税金問題があるにしても、こんな否が応でも目立つ場所にやって来るなんて、我ながら何をやっているのかと思う。
 とりあえず税金の件は、未納だからと言って牢獄行きとかそういう事態にはならなかったのが幸いだった。こんな時ばかり魔術師という職業が有難いと思えてしまう自分が情けないが、魔術を見たわけでもないのによくもあんな書状ひとつで信じられるものだ。
 ふいに、真紅の瞳に影が差した。

 もしもこの身に抱えた秘密を知られたら――

 と、そこで考えた。
 そうだ、元々スペリオル国民ではないのだし、誰にも何の恩もないのだから、国がどうなろうが関係ない。税金なんて知ったことか。逃げてしまえばいいのだ!
 思い立ったら速行動。イグネアは寝そべっていたソファから起き上がり、ずれていた眼鏡を正すと、速攻で窓へと走った。
 大きな窓を開ければすぐに広いテラスへと出られる。真昼間なので、間違いなく見回り兵等が歩いているだろうな……そう思って一応周辺に人気がないかを確認し、テラスへと走り出る。ここはかなり高位置にある部屋のようだが、近くに大きな木があり、あれを伝えば何とか地面に降りられるだろう。こういう時にこそ、日頃山奥で鍛えた足腰が役立つものだ。
 イグネアは手摺に手をかけた。しかしこの手摺、事故対策なのかやや高めに作られており、小柄な彼女はよじ登ろうにも少々手間取っていた。
 と、その時だった。

来たれ、氷の矢(ライ・ジェロ・ヴェロス)!」

 声が聞こえたと思ったら、突如として頭上からいくつもの氷の矢が高速で降り注ぎ、寸での所で腕や足を掠めてテラスの白い床石に突き刺さったのだ。
 一筋の汗が頬を伝う。おろおろと真紅の瞳が見上げると、隣室のテラスには白銀の輝き眩しい水の魔術師様がいらっしゃった。青碧の瞳は魔術を使ったばかりで妖しい輝きを湛えている。
「逃亡か、それもまた一興。己の命を懸けて励むといい。ただし、その際はこの俺を相手にするつもりでやれ」
「……!」
「言っておくが、たとえ下らない命令であろうともチョビヒゲの命には従う。それが王宮に仕える魔術師の義務だ。覚えておけ」
 直訳するとこうだ。
 逃げ出すつもりならこの俺を倒して行け。喜んで相手になろう。陛下より命を受けたからには、お前を監視し、逃亡を阻止するのがこの俺の義務だ――そう言いたいのだろう。
 あれだけ嫌がっていたくせに、どうやら責任感だけは人一倍らしい。しかも隣室とは……あのチョビヒゲめ、余計な取り計らいをしおって。イグネアはものすごく渋い表情を浮かべつつ、心から落胆の溜め息を吐いた。途端に青碧の瞳にぎろりと睨まれ、咄嗟に視線を逸らしたが。
「アンタの覚悟がどの程度か、今ここで試してみるか? 本当に逃げ出したいのなら、言い伝えられる炎の魔術で俺を焼き払って行けばいい。その代わり本気で応戦するからな」
 本当に射殺す気か、というくらいの眼光で睨みつけられ、イグネアは観念した。この人なら間違いなく殺す気でやるだろう。というか、殺されるかも知れない。
 しかもあの自信はハッタリではない。瞳を見れば解るが、若いくせに大した魔力の持ち主だ。そんな術師相手に、下らない魔術合戦なんかするだけ無駄だ。
「遠慮させて頂きます……」
「それなら、さっさと戻れ」
「はい……」
 この城から出るには、国王陛下に直談判して許可を得るか、あの魔術師を倒して強引に出るか、その二つに一つしかないようだ。
 ――仕方ない。
 しばらく様子を見ることにしよう。イグネアはがっくりと肩を落として大人しく部屋へと戻ったのだった。




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