× 第3章 【2+1の恋金術】 20 ×





 聞き違いではないと信じたい。
 リーフは確かに言ったのだ。呪いを解く、と。
「どういうことだ……そんなことが、おぬしにできるのか?」
 わずかな不審とわずかな期待が同時に心を支配し、そのままイグネアの表情に表れていた。千年も抱えてきた呪いを、リーフはどうやって解くつもりなのだろうか。
(わし)とて、これまでただ呑気に生きていたわけではない。この身に永遠に“呪い”を受けたままでは敵わぬからな。長年に渡り、解呪の方法を探しておった。そうしてようやく、ある情報にたどり着いたのだ」
「ある情報?」
 ああ、とリーフが頷いた。
「かつてプレシウが存在していた大地に、今は【リトス】という名の小さな田舎町がある。そこに奇術師の末裔が住んでおるそうだ」
 リーフはモグラを使って、その事実を調べさせていたのだ。モグラは手先が器用なだけでなく、種族的な特性から情報収集や隠密行動も得意とする。相手方にも感付かれず調査を進めた結果、その者が奇術師の末裔であると確信した。しかも、交渉次第で確実にこちらの言いなりに出来るだろう、という事まで調べ上げたのだ。
 まさか奇術師の血を引く者が現代に存在するなんて思いもしなかった。だが、その者は本当に呪いを解くことができるのだろうか、という疑問は否めない。世の中そんなに甘くはないとわかっている。しかしリーフのことだ、己の事も絡んでいるし、その辺りにぬかりはないだろう。
 そこまで考えて、イグネアははっとした。先ほどリーフが言っていたことに何か引っ掛かりを覚えた。
(わし)はともかく、おぬしの呪いとはなんだ?」
 問いかけると、リーフは押し黙った。一瞬思考を巡らせ、何をするかと思いきや……唐突に襟元を緩め、そしてなんといきなり衣服を脱ぎだしたのだ。
「ぎゃーっ、おおお、おぬしは何をしているのだっ!!」
 イグネアは顔を逸らして慌てふためいた。一体どういうつもりなのだこいつは。変態か!
 ぎゃーぎゃーと背を向けて騒ぐイグネアを無視し、リーフは着々と上着だけを脱いでゆく。そして……
「見ろ」
 しばらくして声をかけられたが、イグネアはすぐに振り返らなかった。「いいから見てみろ」と再度促されてようやく恐る恐る振り返り、若干視線を泳がせつつちらと前方を見遣る。そこには細身ながらも精悍に引き締まった、無駄な肉のない背中があった。十五の少年にしては何か悟り切ったような、だが戦傷のない綺麗な背だ。ううっと唸りつつイグネアは目のやり場に困っていたが、ふとその背にあるものを見つけ、瞳を疑った。
「リーフ、それは……」
 右の肩下あたりに、見覚えのある火傷の痕があった。それは刺青ではなく、何かを押し付けられた痕で、どれだけその印が高熱であったのか、焼け爛れた様を見ればよくわかる。まるで……自身の左腕に存在している、大罪者の烙印のように。
「お主を追って生き長らえるにあたり、儂は呪いを受けたと過去に言った。それは“お主に会うまで死ねぬ”というものだ。一つ呪いを解消したせいか、これでも印の痕は薄れたが、完全に消すには全ての呪いを解く必要がある。お主の烙印も同様だ。【万能薬(エリキシル)】を持ってしても消せぬのはそのせいだ」
 確かにどんな怪我でも癒してきた【万能薬(エリキシル)】が、烙印の火傷だけは治さなかった。そんな事実があったとは、今初めて知った。
 イグネアは若干青ざめていた。リーフの言葉に何か嫌な予感がしていた。こいつが抱えた呪いは一つのはずだ。それなのに“完全に”とはどういう意味か。こいつが他に受けたものというと、まさか……
「“身体の成長を止める”というのは、最も悪質な呪いだ。烙印に呪術を施し、それを身体に刻み付けるのだ。奇術師共は『呪いを解けば消える』と言っていたが、実際お主に会ったというのに、烙印の痕は一向に消える様子がない」
 リーフ自身これが呪いであると気付いたのは、つい最近のことである。
 烙印を受けてすぐ、リーフは対処法も考慮して奇術師共の身辺を探ってはいた。だが奴等は非常に警戒心が強く、たとえ相手が【裁判官】といえど自分達の手の内を明かすことを拒んでいたのだ。それに、呪いさえ解ければ身体の成長も元通りになると聞かされていたのだから、それ以上疑う余地はなかった。
 そうして今に至るわけだがが、リーフが奇術師の末裔を探し始めたのは、イグネアと出会うずっと前からである。その理由は、彼女に対して脅しに使えると思っていたし、最悪出会えなかった場合の対処を知っておく必要があったからだ。
 しかし己が身にも未だ呪いが残っていると知ると、脅しどころではなくなった。それで、モグラを使って本格的に調査をしたのだ。
「つ、つまり私は……四つどころではなく、最初から五つもの呪いを抱えていたということか?」
「ミールスを入れれば、今は六つだな」
 イグネアは愕然として顔を伏せた。今さら一つ二つ増えようが、そんなに関係ないと思ってはいるが……何か釈然としないのは事実だった。
「気に入らぬのは儂も同じだ。結果的にあやつ等に騙されていたのだからな。ゆえに責任を取らせてやろうと思うのだ」
 口端を吊り上げ、リーフが不敵に笑んだ。こういう表情をする時こいつは本気である。つまりは、すでに全て計算ずくでその末裔の元へ押し入ろうという魂胆なのであろう。
 イグネアは黙っていた。リーフの話は全て真実なのだろう。他人のためだけに、ここまでするとは考えにくい。もしもこの身から呪いが消えるなら、と考えなかったわけではない。
「……本当に、呪いが解けるのか?」
 俯いたままイグネアが言葉を発する。その表情はうかがい知れないが、迷っているのは確かだ。
「先程も言ったであろう。儂がお主の呪いを解いてやる。だが、それには条件がある」
 リーフは意味ありげに笑んだ。
 一度言葉を切ると、イグネアははっとしたように顔を上げた。真紅の瞳が怯えたように深緑の瞳を見上げる。
「条件は一つ。儂と共に来い」
「それは……」
 一緒に行けば呪いを解いてくれて、それで自由だ――そういう意味ではないのだろうと、愚鈍なイグネアでも理解できた。
「裏は取ってあるが、もしかすれば呪いは解けぬかも知れぬ。そうなった場合、儂も永遠に一人では嫌だからな。それに末裔を探すに辺り、それなりの苦労はしていたのだ。見返りを要求しても罰は当たらぬだろう」
 リーフが言う事は最もだと思う。事情を知っている者同士ならば、何の苦労もせずに一緒にいられるからだ。
 呪いが解けるなんて、これほど喜ばしいことはない。抱えている問題を考慮しても、リーフと共に生きるのはむしろ好都合なのかも知れない。けれど……迷っているのは事実だった。
「いつここを出るつもりなのだ?」
「お主が了承するならば、今宵にでも」
「なっ、そ、そんなに急ぐのか?!」
「ああ、誰にも気づかれぬ方が都合が良いしな」
「そ、そのような……せめて世話になった礼でも言っていった方が良いのではないのか」
 一瞬、リーフの表情が険しくなった。
「それは、誰に対してだ?」
「は……?」
 言われている意味がわからずイグネアは首をかしげた。
「“あやつ等”は明日戻って来るそうだな。だからこそ、今宵のうちに姿を消した方が良いと言っているのだ」
「あやつらとは、リヒトとヒュドールのことか。なぜだ?」
「お主がここを去ると知れば、あやつ等は本気で引き止めるだろうな。ヒュドールなど、儂を殺す気で来るかも知れぬ。それでも、お主は笑って別れられるとでも言うのか?」
 まさかそんなはずないだろうと言いかけたが、深緑の瞳が厳しく見返してきたため、口をつぐんだ。すると何か。散々迷惑をかけて、挙句巻き込んだというのに黙って出て行けというのか。
 リーフの言葉に心がほんのり痛んだ。その理由はよくわからなかったが、そう言われてすぐに頷けない自分がもどかしかった。
 呪いが解けると言っているのだから素直について行けばいいだけのこと。それに、どの道ここに長く留まることは出来ない。全て最初に戻るだけ。そう考えれば、何もかも好都合ではないか。それなのに……なぜだろう。なぜはっきりと言えないのだろう。
 いつまでもはっきりせずに迷っているイグネアを見兼ねたのか、リーフが溜め息を吐いた。
「儂らは元々この世に有り得ぬはずの存在なのだ。これ以上深く関われば、互いにもっと別れが惜しくなる。その前に消えた方が良い」
 リーフの言葉を、イグネアは否定することができなかった。


 太陽が西に傾き、少しずつ日は暮れ、やがて星空が広がってゆく。全てが息を潜めて静まり返る夜、白い月だけがひっそりと見守る中でこっそりと部屋を抜け出す姿が二つ。
「……本当に飛び降りる気なのか?」
「当然であろう。大体、普通に表から出て見つからぬとでも思っておるのか」
「うっ……」
 隣で平然としているリーフを、イグネアは恨めしそうに見上げた。何処からか吹いてきた風が頬をかすめ、羽織った外套をはためかす。いくら落ちても死なない身とはいえ、さすがに正気でこの高度なテラスから飛び降りるのは気が引けた。
「全く、何から何まで世話が焼ける女になったものだ」
「ひいっ!」
 盛大な溜め息が洩れたかと思ったら、いきなり身体が浮き上がり、イグネアは頓狂な悲鳴を上げた。あたふたと見上げると、リーフの(黙っていれば)愛らしい顔が近くにあった。いわゆる“お姫さま抱っこ”をされていると気付き、イグネアはさっと青ざめた。
「ぎゃーっ、下ろさんか!」
「……うるさいのう。騒ぐでない。気付かれたらどうするのだ」
「ぐっ!」
 イグネアは声を洩らさないようにと慌てて口を押さえた。それを横目で確認し、意地悪げに笑むと、リーフは人を抱えているとは思えぬほどの身軽さで狭い手摺に飛び乗った。遠くから吹いてくる風が、枯草色の髪と外套を柔らかく撫でる。
「いい子だ」
 深緑の瞳が、まるで我が子を見守るように優しく細められた。頬に触れる風の感触に満足げな笑みを浮かべると、そのまま宙に身を投げ、流れる風に身を任せた。
 そうなると抱えられているイグネアも当然一緒なわけで。
「〜〜〜〜〜ッ!!」
 声にならない悲鳴を上げて、必死にリーフにしがみ付いていた。


 さすが風の魔術師というべきか、リーフは自在に風を操って宙を渡り、怪我もなく見事地面に到達したわけだが……
「し、死ぬかと思った……」
 イグネアはこの世の終わりと言わんばかりに青ざめ、地面に座りこんでぐったりと首を項垂れていた。
「お主は阿呆か。風が儂に逆らうはずなかろう」
 頭上から呆れ返った溜め息が降り、イグネアに注がれた。リーフの言う事は最もである。しかし心の準備というものがあるだろうが。いきなり飛び降りおって。真紅の瞳が恨めし気に睨むが、リーフはそ知らぬ顔をしていた。
「どうやらまだ気付かれておらぬようだな」
 王宮の方角を凝視し、リーフが満足げに笑う。脱出をして一刻ほど経つものの、やはり夜ということもあって追手はないらしい。呑気な国で何よりだ。
 しかしのんびりしてもいられない。夜が明ければ嫌でも姿がないと気付かれてしまう。その前にもっと離れなければ。
「いつまで座っておるのだ。行くぞ」
 はあ、と息を吐いて立ち上がると、リーフはすでに先に進んでいた。慌てて追おうとしたイグネアだが、ふと後ろ髪を引かれる思いがして振り返る。脳裏に“二人”の顔が浮かんだ。
 私がいなくなったらあやつらはどうするのだろうか。心配するだろうか、それとも何とも思わないだろうか。それに……たとえ離れたとしても、ヒュドールが命を掌握している事実は変わらない。もしかしたら誰かに秘密を話すかも知れないぞ、とリーフに言ってみたが、それだけは絶対にないと言い切られた。本当にそうなのだろうか。
 そういえば、約束をしていたと思い出す。“戻ってくるまで大人しくしている”と。“戻ってきたら話を聞く”と。
 ――すまない。
 その約束を破ることに……そして何も言えずに別れてしまうことに、少し心が痛んだ。







 数日間の出張を終えて戻って来た美形コンビは、城内におかしな空気が流れていることに気付き、揃って渋い表情を浮かべていた。ほんの一日前まで、城内を占めていた噂といえば“イグネア様婚約疑惑”だったわけだが、今はそうではない。深刻な、それでいて慌ただしい雰囲気がそこかしこで感じられるのだ。
「……何なんだ、この奇妙な空気は。葬式か?」
「ヒュドール、それは言いすぎだよ」
 怪訝な表情で周囲を見回す相棒に、リヒトが苦笑を洩らした。
「でも確かに変だね。何かあったのかな? 挨拶ついでに陛下に聞いてみようか」
 そうこうしている内に目的である謁見の間にたどり着き、扉を開けた。そして二人は揃って顔を引きつらせたのだ。
 広間には何処よりも陰鬱な空気が流れていた。玉座に座ったチョビヒゲも、その隣に立つ大臣やらも、俯き加減で溜め息を吐き、この世の終わりみたいな暗い表情でいる。しかも、チョビヒゲに至っては今にも泣き出しそうな顔をしているではないか。
「陛下、どうかされたのですか?」
 挨拶もそこそこに、リヒトが歩み寄って声をかける。チョビヒゲはそこでようやく二人がいる事に気付いたらしく、姿を見るなり潤んだ瞳で見つめてきた。なんか気持ち悪いな……などとヒュドールは内心で思っていたが、さすがにこの場で言えるはずもない。
「……いなくなってしまったのだ」
「は?」
 よく聞こえない、と聞き返すと、チョビヒゲは陰鬱な溜め息を吐いた。
「イグネアとリーフが……いなくなってしまったのだ」
 はっきりと伝えられた言葉に、リヒトもヒュドールもさっと表情を変えた。
 世話をしていた女官達の話によれば、二人とも昨日の夕刻までは確かに姿を見かけたらしい。しかし朝になって訪れてみれば、部屋はもぬけの殻。一通の置手紙だけが残されていたという。
「城内のどこを探してもいないのだ……」
 チョビヒゲはかなり落胆していた。それもそうだろう。リーフは特に可愛がっていたし、イグネアはこの世に二人といない【炎の魔術師】なのだ。国にとって有力な存在を、一気に二人も失った心情は計り知れない。
「その手紙、拝見してもよろしいですか」
 申し出たのはヒュドールだった。泣きべそをかきつつ、チョビヒゲが胸元から手紙を取り出す。差し出された手紙を受け取り、ヒュドールはさっと瞳を通し……そして最高潮に怒りを募らせた。

『陛下、並びに城内の皆さま。このようにお手紙で別れを告げること、お許しください。イグネアはいま、重い病に侵されています。僕の知人が治してくれるというので、すぐにそこへ向かわなければなりません。本当はきちんとお別れをしなければいけないのですが、今は一刻を争う状況です。このような無礼をお許しください。お世話になりました』

 あのクソガキめ、白々しい嘘を吐きやがって。ヒュドールの怒りで震える手が手紙を容赦なく握り潰し、ぽいと投げ捨てた。
「あああっ、リーフの思い出がっ」
 などとチョビヒゲがほざいているが、そんなものはどうでもいい。あのクソガキ、やりやがったな! という怒りだけが全身を支配していた。あの時の不信感は間違っていなかった。だから出かける前にイグネアには念を押していたというのに。
「……やられたね」
 いつの間に拾ったのか、無残にも握り潰されて変形したはずの手紙は、リヒトの手によって広げられていた。その表情は呆れたような、それでいて苛立っているような、そんな複雑なものだった。
「いつかこうなるんじゃないかって、ちょっとは思ってたんだよね。あの子、見かけによらず頭が切れそうだから」
 意外な言葉に、青碧の瞳が見開かれた。
「リヒト、お前……」
「あの子が従弟じゃないことくらい、気付いてたよ」
 まさかこの俺が気付かないわけないでしょ? とでも言いたげに苦笑したリヒト。大した奴だ、とヒュドールは改めて見直した。さすがはこの俺の相棒を務める奴だ、俺のように勘が鋭い。
「それで、どうする?」
 黄金の瞳が冷ややかな眼差しでもって前方を見据えている。そこには二人を失ってがっくりと項垂れるチョビヒゲの姿が。
「俺としては、このまま大人しく引き下がるつもりは全くないんだよね。イグネアにだってまだ何にも伝えてないし」
 戻ってきたら話があると約束したのに。それなのに、あの子は忘れて行ってしまったのだろうか。だとしたら、ちょっと許せない。思い知らせてやらなければ気が済まない。それに……ようやく本気になった相手をこのまま易々と手放せるほど、諦めの早い性格ではない。
「全くもって同感だ」
 ヒュドールが機嫌悪そうに答えを返した。大体、俺は言ったにも関わらず微塵も伝わっていないがな、と内心で大いに愚痴る。
「それなら話は早い。探しに行くしかないよね?」
「だが、どうやって城から出るつもりだ。あの小賢しいクソガキのことだ、そう簡単に見つけられるような場所にはいないと思うが」
 二人はスペリオルにとって重要な国力である。だから長期間城を空けるような事は許されないだろう。
「それはもう、陛下のお力を借りるしかないよね」
 爽やかながら、何か企んでそうな笑顔をリヒトが向けた。
 なるほど、と瞬時にその意図を理解したヒュドールは、口端を吊り上げ、不敵に笑った。イグネアのことだ、どうせ脅されるか上手く言いくるめられたかしたのだろう。アイツの単純さにも腹が立つが、何よりあのクソガキに対する怒りは半端ではない。今度会ったら間違いなく氷漬けにして捨ててやる。

「陛下」
 再び声をかけられ、意気消沈していたチョビヒゲはゆるゆると顔を上げた。目の前に、リヒトとヒュドールがひざまずき、深々と頭を垂れていた。
「二人はこの国にとって大変重要な存在でした。それを失ってしまった陛下の心中、お察しします。ですが、どうか私どもにお任せを」
「あの二人を連れ戻せと、どうかご命令ください。さすれば地獄の果てまでも追いかけ、必ずや陛下の元へ連れて参りましょう」
「ほ、本当か……?!」
「我々が、陛下のご期待を裏切ったことがありますでしょうか?」
 ヒュドールが珍しく爽やかな笑顔を浮かべた。この場に女官でもいたなら鼻血を噴いて卒倒しそうな眩さだが、何処となく嘘くささが漂っているのは間違いない。しかしそれでも、普段笑わない人間の笑顔というのは実に効果的らしい。ヒュドールの笑顔に、チョビヒゲはだんだんと前のめりになって来た。
 アイツを連れ戻すためなら――爽やか笑顔だろうが何だろうが喜んで振りまいてやろうではないか。
「ない、ないぞ!」
 チョビヒゲが思惑通りの反応を返してきたため、二人は密かに視線を合わせてにやりと笑った。国王の勅命とあらば、何をおいても優先させなければならない。それが王宮に仕える騎士と魔術師の仕事だからだ。
「ではお前たちに命じよう。イグネアとリーフを、わしの元へ連れて参れ!」
「……仰せのままに」
 顔を上げた二人の瞳は、未だかつてない闘争心に溢れていた。


 それから数日後。
 リヒトとヒュドールは、スペリオル国王の勅命を受け、直筆の書状を持ってイグネアとリーフの消息をたどるべく城を発つこととなった。
 ビジュより北に位置する大陸・ユウェル。その片隅の田舎町【リトス】にて再び四人が顔を合わせるのは――これより半年後のことである。


 第3章【2+1の恋金術】・完




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