× 第4章 【炎と烙印】 26 ×





 普段は割と静寂が漂っている北の山にカディール達の鳴き声が絶え間なく響いていた。いつになく騒がしい理由は、言うまでもなく侵入者のせいである。
 領域を侵した人間に、カディール達は容赦なく襲いかかった。鋭い鉤爪や銀の尾を振るい、羽を飛ばし、食らい付こうと嘴を突き出す。
 が、しかし。

来たれ、渦巻く風よ(ライ・タルナーダ)!」

 突如起こった竜巻に巻き込まれ、翼を折られたカディールは悲鳴を上げた。

来たれ、氷の槍(ライ・ジェロ・ランツェ)!」

 次に襲い来た氷の槍は、中心を貫きながらその巨体を地面に叩き落す。

「はい、お終い」

 落下したカディールの元に走り込んだ光の騎士が、一突きで確実に急所を貫いた。

 ……ここまでやれば、いかにカディールとてすでに絶命しているというのに。
 ヒュドールとリヒトが安堵の息を零している間に、木の枝から降って来たリーフが巨体の首辺りに剣を突き立て止めの一撃を食らわせた。案の定すでに死んでいたカディールはびくりと身体を跳ねさせただけで、鳴き声を上げる事はなかった。

 リーフが翼を折り、ヒュドールが叩き落とし、そしてリヒトが止めを刺す。使用魔術や最後の一撃は時と場合で変化するものの、ここに至るまでに幾度となく繰り返した闘いの間で自然と生まれた連携である。
 さすが三人とも戦闘慣れしているだけあって順応性は高いし、自分の役割は即座に理解する。剣も魔術も扱うリーフは数が増えればリヒトと同じ役割に移行するが、そういう時はヒュドールが二人を支援する。倍の支援を余儀なくされているヒュドールを、リヒトが護る――といったように、普段は険悪でも戦闘時はきっちり互いをサポートしているため、案外やり易い。
 そして何より。イグネアの呪いがかかっているだけあって、その闘いぶりは容赦がない。そこへ来て本物がいない事に対する苛立ちが加わって、魔鳥と恐れられるカディールも可哀想に滅多打ち状態である。
 それはさて置き。
「すでに死んでいたんだから、余計な事をするな」
 リーフの行動に不愉快そうに眉間にしわを寄せ、ヒュドールの青碧の瞳がきつく睨む。
「どうせ死んでたんだから、何しようと勝手でしょ。こいつ、さっき僕のこと食おうとしてたから当然の報いだよ」
 突き立てていた剣を引き抜き、刃に付着した体液やらを振り落としながら、リーフはムッとして反論した。
「それが余計な事だと言っているんだ」
「念には念をって言うでしょ。うるさいな、もう」
「うるさいとは何だ。口答えするな、このクソガキめ」
「本当のこと言われてムキにならないでよ、この傲慢」
 まあここまでやればいつもの通り、壮絶な舌戦へと展開するわけである。
「大体、貴様には年上を敬おうという心が存在しないのか」
「そっちこそ、年下を可愛がるっていう優しい心は存在しないんだね」
「可愛い年下なら、それなりに可愛がるがな」
「僕だって、尊敬に値する年上なら心から敬うよ?」
「口の減らないガキだな!」
「そっちこそ、年上を豪語するくせに大人げないよね!」
 そして互いに苛立ちを募らせ、止めの台詞を吐くわけである。
「今日という今日は許さん。そこでくたばっている鳥の隣で眠らせてやる! 永久に口が利けないように、氷漬けにしてな!」
「やれるものならやってみなよ! その細首へし折って、二度と悪態づけないよう地面に沈めてあげるから!」
 青碧と深緑が睨み合い、激しい火花を散らした。先ほどの見事な連携ぶりが嘘のような犬猿っぷりである。どう考えても互いに一言余計だからこうなると思われ、しかもどちらもかなり大人気ない。
 そしてこの舌戦を止めるのは、いつの間にやらリヒトの役目になっていたりする。
「はいはい、二人ともそのくらいにして、さっさと次の巣に向かおうよ。ここにも本物はいないみたいだし、早く進まないと日が暮れちゃうし。さすがにこんな巣の真っ直中で野宿は嫌だしさあ」
 言った途端、「邪魔するな」という意味合いを込めて青碧と深緑が睨んできたが、リヒトは華麗にかわしてさっさと歩き出した。二人の壮絶な口喧嘩もすでに見慣れてしまったのか、彼は全く動じないし、どちらの味方もしない。その理由は単純明快、言っている事が下らなすぎるからだ。全く、どちらもせっかく見た目がいいのだから黙っていればいいものを……などとかなり呑気である。
 しかも、リヒトはリーフの腹黒ぶりもすっかり受け入れているらしく、先ほどのように過激な発言をしようが一向に気にしないばかりか、あのヒュドールの毒舌に対抗するとはなかなかやるな、と感心するほどだ。この順応性の高さはある意味かなり大物である。

 そんな感じで、最強なのか最悪なのかわからない三人は、次々とカディールの巣を襲撃して行くのであった。







 一方その頃、イグネアはというと。
「へえ、こんなところに道があったんですねえ」
 モルに連れられて踏み入った地下道で、感嘆の声を上げていた。
 モルが見つけた近道は町のはずれから繋がっていた。滅多に人が近付かない山の入り口はうっそうと草木が生い茂り、よほど気をつけなければ見つからなかったはず。地下道とはいえ、長い年月の末に木の根や蔦が絡まって屋根が出来たような状態で、恐らくモルとリーフが通りやすいように切り開いたのだろう。
 人一人がようやく通れる幅、真っ直ぐに立って歩けるという状況は小柄なイグネアならではで、ちょっと太めな人では窮屈に感じるだろうし、もっと背の高い人では固い木の根に頭を激突させることだろう。その証拠に、ひょろっと長いモルはずっとやや前傾姿勢を保って歩いていた。
 今はまだ日が沈む前であるため、頭上を覆う草木の合間から日の光が差し込んでいる。それがほんのり幻想的で、なんだか不思議の世界へ繋がっているようないないような、そんな錯覚をも抱かせる。が、夜になれば真っ暗で何も見えないはず。屋敷から携帯用の【魔光燈】を借りてきたが、これだけで大丈夫だろうか。
「あの、ずっとこんな感じですか?」
 ほんのり不安になり、前方のモルに問いかけてみると。
「……山に出るまで」
 例のごとく端的な言葉が返って来て、イグネアは思わず苦笑した。もうちょっとこう、山にに出るまでどれほど距離があるとかないのだろうか。まあそんな事を言っても仕方ないとわかっているが。というか、その間モルは前傾姿勢で腰を痛めないのだろうか。そういえば、リヒトやヒュドールも割と背があるので同じだったのだろうか。まあリーフはぎりぎりで大丈夫だったと思われるが。
 それにしても。町からずいぶん歩いてきたが、山にはまだ出られないのだろうか。まあ一応モルが一緒だから大丈夫だと思うが、出来れば日が暮れる前に三人に合流したいなあとイグネアは考えていた。誰が気になるとかそういう理由ではなく、単に野宿にしても安心して眠りたいからである。ちなみに本人は全く自覚はしていないが、言うまでもなく護衛がなくともどこででも眠れるタイプである。
「なんか、ちょっとお腹すいてきましたね。一応何か食べられそうなものとかミリアムさんちの焼き菓子とか、お茶とか持って来てみたんですけど、急いでいたので足りないかも……。あ、でも三人と合流出来ればヒュドールのお弁当が食べられるかも知れません。ちょっと興味深かったので、これはぜひ、食されてしまう前に彼らに追いつかねばなりませんね!」
 まともな答えが返ってくるわけないと思っているのか、モルの口数が少ないことに慣れてしまった挙句の特技(?)か、イグネアはひたすらひとりで喋っていた。そして予想通りというか何というか、モルは一言も返さなかった。

 それからしばらく地下道は続いた。さすがにそろそろ地上に出たいなあ、などと待ちわびていると、突然モルが立ち止まり、油断していたイグネアは見事その背中に激突した。
「うひゃっ!」
 などと相変わらず可愛げのない声を上げつつよろめき、ぶつけた鼻をすぐさま押さえる。あまり高くもない鼻がこれ以上低くなったらどうしてくれるのか。
「……ついた」
「へ?」
 何の事やらと顔を上げると、眩しい光が辺りを包んでいた。しかも前方は行き止まりである。どうやらようやく山へ出られたらしい。
 さほど高さのない木の根の壁を軽やかに飛び乗り、モルは周囲の様子をうかがっていた。近くに危険がないと確認した後に振り返ったが、ぴたりと動きを止めてじっと背後を見つめていた。
「あ、あの……その、手を貸していただけると非常にありがたいのですが」
 太い木の根に掴まって、イグネアは微妙な体勢で固まっていた。さほど高さがないと思っていた壁は、なかなかどうして、意外にも手強かったということだ。というか、身体能力の高いモルだからこそ楽に飛び乗れただけであって、比較して手足の短いイグネアが同様に出来るはずもない。もしもリーフ及びヒュドールがいたならば、最初から手を貸りれば良かったものを、などと毒を吐かれそうである。リヒトは笑顔で手を貸してくれるだろうが。
 そんなこんなでモルの手を借りて無事地下道を抜け、イグネアは一息吐いた。山というだけあってさすがに周囲は木と草と土だらけである。この環境は山暮らしを思い出させ、ほんのり懐かしいが、長い年月人の踏み入らなかった領域は鬱蒼しており、ひとりだったら間違いなく遭難したことであろう。
 ここから先は、しっかり気を引き締めなければ。散々反対された挙句、危惧されたよう足手まといになるのだけは避けなければ。
「行きましょう!」
 気合いを入れた一言と共に、イグネアは踏み出したのだが。
「ひええええっ!」
 数歩進んだ所で足場が崩れ、盛大によろめいた。
 モルがさっと手を伸ばして腕を掴んでくれたため難を逃れたが、眼下に視線を落としてイグネアはさっと青ざめた。真紅の瞳が凝視した先は、見事なまでの断崖絶壁だったのだ。
「昨日の雨で地面が崩れやすくなっている」
「……き、気をつけます」
 そういう事は先に言ってくれー! とイグネアは心中で叫んだ。口数が少ないのは構わないが、生死に関わるような重要な事は早めに言っておいて欲しい。ここから落ちても呪いのおかげで死にはしないだろうが、今は怪我だってするし、出来れば痛い思いはしたくないのだ。

 そんな感じで、頼りになるのかならないのかわからないモルを供に、イグネアは先行く三人を追って行くのだった。





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