× 第4章 【炎と烙印】 28 ×





 ひと悶着(?)あったものの、とりあえず話は終了させ、一行は再び移動を開始した。
 カディールは夜間にはほとんど活動しないため、巣を叩くならば日の沈み始めた今が絶好のチャンスである。しかしその反面、薄暗いためにこちら側が動きづらいというのが難点で、しかも現在戦闘能力皆無であるイグネアがいるとなると、若干どころか大いに都合が悪いわけである。
 結局イグネアは足手まとい以外の何物でもない状態なわけだが、さすがにそこはプライドの高い面々であるためか、一度許したことを蒸し返すような、そんな男らしくないことは決して言わない。むしろこうなったからには護り抜いて見せてこそ一流の証で、男だ、などと大いにずれた方向へとその思考を向かわせている感もなくはない。
 そういうわけで、とりあえずお荷物……もといイグネアを気遣ってか、今宵のための活動拠点を作っておこうという話になった。こういう時に力を発揮するのはやはりというかモルで、率先して(いるように見えるが実はこっそりリーフが命じた)先を急ぎ、“ねぐら”を探しに行った。
 その間、イグネアの専属護衛を買って出たのは、当然というかやはりというかリヒトだったりするのだが。
「ほら、早くしないと皆行っちゃうよ?」
 下方から繰り返されるリヒトの催促に、イグネアはすこぶる渋い顔をした。
「いえ、ですからね、そこをどいて下されば、私は一人で降りられると言っているのです」
「どう見ても無理だし、暗いから危ないし。受け止めてあげるから遠慮なくおいで」
 と言いつつ、リヒトは両手を差し伸べて「さあこい」と構えている。ほんのり楽しげな顔をしているのは見間違いでも何でもない。
 そんなやり取りがすでに数回行われているわけだが、原因はちょっとした高低差にぶち当たったためだ。崖とまではいかないものの、リヒトの身長を軽く上回る高さを降りる事になったのだが、小柄とはいえ身軽なリーフは呼吸をするかのごとくあっさり飛び越え、また一般的な運動能力所持者で割合足の長いヒュドールも難なく飛び越え、まあ言うまでもなく長身かつ運動神経抜群のリヒトも優雅に飛び越えたのだが、小柄な上にどん臭いイグネアは、見事というか案の定というか、うっかり取り残されたのだ。
 行けなくもないが、割と高い。しかもリヒトの言うように暗がりで足場が見えづらいため、ちょっと危ない気もする……などと怯んでいると、先に降り立ったリヒトが先程のような提案をして来たわけである。
 猛烈に恥ずかしいが、このままでは置いて行かれてしまう。足手まといにはならないと宣言しておきながらさっそく手を煩わせることに抵抗はあるが、出遅れて文句を言われるのも避けたいところ。
 ううっと唸り、それでも往生際悪くしばし悩み、結果意を決したイグネアは、ええいままよ! と恐る恐る、勢いづかぬようにゆったりと飛び降りた。予告通り下で待っていたリヒトがしっかりと受け止めてくれたので、怪我もなく済んだのだが……がっちりと腰に腕を回された状態で止まる事数秒、一向に解放される気配がない。
「あ、あの……もう降ろして下さいませんか?」
 オロオロしつつ問いかければ。
「うーん、もう少しこのままでいたいなあ。役得ってことで」
 などとふざけたことを抜かしつつ肩に顔をうずめられ、イグネアは「ひいっ!」と悲鳴を上げた。

 その悲鳴を背後に、ヒュドールは若干イラッとしていた。この状況下であの男は一体何をやっているんだ全く……などとブツブツ言いつつ背後を見遣る。
 とはいえリヒトは“やる時はやる男”なので、いざとなればすぐに戦闘モードになるだろうし、何だかんだとからかいつつもイグネアの事はしっかり護るだろうから、とりあえず任せているが。
「ところで、本物が見つかる当てはあるんだろうな」
 青碧の瞳が軽い睨みを飛ばしたのは、隣にいるリーフである。二人はリヒトにイグネアの事を任せ、こちらは巣を探して警戒している最中であったりする。
「さあ、どうであろうな」
 プレシウ訛りで返された言葉に、ヒュドールは案の定思い切り反応した。
「どういう意味だ」
「どうもこうも……お主、本物が見つかるなどと本気で思っているのか? そもそも、この山に現存するカディールの数は百にも満たぬ。むしろ見つかれば奇跡だな」
 などとリーフはあっさり言ってのけた。
 つまりこいつは、端から見つける気などないくせに自分達(とイグネア)を巻き込んでこんな山奥にまで来たというのか。それが事実ならば許せん。この我侭なクソガキ根性、今日という今日はしばいてくれる……! と苛立ちを募らせていた。
「だが、その奇跡とやらにもすがりたくなるものだ。お主らとてそうであろう?」
 沸き上がっていた苛立ちが一瞬萎えた。こいつの場合、むしろ自分の呪いを解きたいという欲求が九割を占めているとは思うが……奇跡などという何の当てにもならない所詮単語は、絶対に信じないと思っていたから意外だ。
「まあ儂としては、呪いが解けなくとも構わんのだがな。その方がむしろ都合が良いし」
 深緑の瞳があからさまな挑発の気を乗せ、リーフはニヤリと笑んだ。
「それこそどういう意味だ……!」
「簡単な話だ。呪いを抱えていれば儂らは国へ帰らずに済むし、共に生きてゆく事になるだろう。それこそ永遠にな」
 ……ここまで言われれば当然ヒュドールの怒りが再燃するわけである。
「なぜそこで複数系になる。貴様が一人で残ればいいだけの話だろう。そうやってアイツの意志も意見も無視して勝手に話を進めるのはやめろ。だがしかし、貴様の意志だけは尊重してやる。俺達はアイツの呪いだけ解いてやるつもりで行くか」
 さらりと毒舌で返され、リーフは思わずムッとした。
「勝手にとは随分な言いがかりだな。大体、あやつは儂から離れられぬだろうよ。何だかんだと最後に頼るのはお主ではなく、この儂だからな。そもそも知識も持たぬ青二才共が、儂なしでカディールを見つけ、あまつさえ倒せると思っているのか。勘違いも甚だしい」
 どうせわかっているのだから、二人きりにならなければいいのに……まあここまで来れば、平常通り壮絶な舌戦に発展するわけである。
「その自意識過剰ぶりこそ愚の骨頂だな。ある意味リヒトをも超えるナルシスト精神は、死んだところで治る気配もないが。それとも試しに一度死んでみるか? 可能性は限りなく零に近いが、貴様の信じる奇跡とやらのおかげで治るかも知れないぞ」
 青碧の瞳がぎろり、と冷徹に見下ろす。
「お主こそ、今そこにある現実を受け入れられぬ愚か者だな。己の力量を過信するその青臭い精神、カディール共の餌にしてやりたいのう。真の意味で“魔鳥”と呼ばれる本物相手ならばまだしも、弱い偽物に食われるなど、伝説にもならぬ上に魔術師として最高の恥となるだろうがな」
 深緑の瞳がぎろり、と苛立たしげに見上げる。
 互いに一言二言、文句を言い合いながらにらみ合う事数秒。場所と状況がアレなだけに、その後は死闘(?)は免れたものの、至極険悪な雰囲気に陥った。背後の二人を「この状況下で……」などと、よく言えたものだ。
 はあ、とうんざりしたような溜め息を零すと、リーフが再び口を開いた。
「ともかく、イグネアは渡さん。大体にして、お主は考えてもいないだろうが、本当に解呪が不可能な場合、あやつはこの先永遠に生きてゆく事になるのだぞ? 独り遺される孤独感は、普通の娘としての自覚が出て来た身には相当堪えるだろうな」
 リーフの言葉に、ヒュドールは一瞬動きを止めた。このクソガキの言う通り、そんな事は考えもしなかった。老いる事もなく、また自害も許されないイグネアは、呪いが解けなければたった一人でこの先の人生を歩まねばならない。
 そういえば以前「一人で生きていくのは嫌だ」と言っていたと思い出す。だから自分が死ぬ時は一緒に連れて逝けと。だからこそ、例え恨み合っていた相手でも、一人ではないだけマシだと思うに違いない。恐らくこのクソガキは、そういう感情をも巧みに利用しているのだろう。その勝手ぶりは非常に許し難いが、しかしそう考えると、コイツの存在はイグネアにとっても必要なのかも知れないと思わざるを得ない。
「要するに、お主等のように一時の甘ったるい感情だけで動いているわけではないという事だ。“仮にも”魔術師を名乗るならば、それ相応の頭を持っているのであろうから、儂の言葉の意味が理解出来るはずだ。まあ案ずるな。儂は自分の女には優しいからな、それこそ千年生きた知識と経験でもって、あの古風な女を(自分好みに)改造してやる」
 何を想像したのか知らないが、愉しげな顔でリーフがさらりと言ってのけた。
 後半部の自分勝手な発言よりも、むしろ前半の“仮にも”という失礼無礼極まりない言葉に反応し、ヒュドールの怒りは諸々を含めて燃え上がった。やはりコイツは一度叩きのめしてやらなきゃ気が済まない! と青碧の瞳に壮絶な怒りを乗せて睨みつけ、再び文句を言ってやろうかと口を開きかけたが。
 前方に現れた人影が、あえなくそれを封じた。というか、暗がりに唐突に現れたものだから、流石のヒュドールも、そしてリーフも少しばかり驚いたらしい。【魔光燈】に照らされて下方から光を受ける“奇妙な造形の色眼鏡”は、普段の六割増し程度に奇妙さと不気味さを醸し出していた。
「……この先に巣を見つけた」
 ぼそっと呟かれた言葉に、リーフの表情が一瞬にして変化する。隣のヒュドールも同様だ。先程まで舌戦を繰り広げていたのが嘘のように、二人はすでに戦闘モードに切り替わっていた。この連携振りを普段にも活かせれば、もっと平和であるに違いない。
「お主らはイグネアの傍に行け」
 了承の意を表し、ヒュドールとモルが後方へと退き、代わりにリヒトが進み出た頃、カディールの巣は目前に迫っていた。

 すっかり就寝の時間となっていたせいか、カディール達は相当油断していたようで、巣にいた三羽のうち一羽はあっさり難なく片付ける事が出来た。しかし突然の襲撃と仲間の死に残る二羽が逆上したらしいのは明らかで、これまでになく獰猛な瞳をして襲いかかって来た。
 リーフとリヒトが前方で直接攻撃をしかけ、ヒュドールが支援するという形は崩れない。イグネアのことはヒュドールとモルががっちり護っているため、まあ大丈夫だろう……というのはリーフの予測である。
 しかし、人間にもそれぞれ個性があるように、鳥であるとはいえカディールにもそれは該当する。此度のカディールはどうやら素早さに秀でているらしく、狭い空間を器用に動いて攻撃を回避し、ゆえに闘い難く、容易く勝たせてくれそうになかった。
 不用意に近づけないイグネアは、ハラハラしながら前方の様子をうかがい見ていた。自分を護っているせいで近づいて支援出来ないヒュドールも、何となく苛立っているように見え、さらにオロオロし出す。二人が危機に陥っているわけではないのだが、苦戦しているようにも見えたのだ。
 そういうわけで、傍にいたモルにこっそり「ちょっと行って来てくださいますか」と言ってみると、モルは素直に頷き、リヒトとリーフを助けるべく向かって行った。さすがモグラ、俊敏な身のこなしは神業的で、木々を渡り歩き、絶妙な距離から【魔術玉】を投げつけたり、と大いに役立っていた。
 だが、これがある意味命取りとなったのだ。
 カディールの巣はいくつかの“つがい”が集まって形成されるもの。ここにいたのは三羽――少なくとも、あと一羽存在する可能性があると、この時誰も予測できなかったのだ。あっと気付いた時には別の方向からもう一羽現れ、狙いは当然イグネアとヒュドールに定められていた。
 猛烈な勢いで突っ込んできたカディール、その翼が生んだ風圧でイグネアは大きくバランスを崩してよろめいた。数歩後退したものの何とか踏ん張り、ひと安心……と思ったのも束の間、前日の雨で地盤がゆるんでいたのか、足を置いた場所が見事に崩れ、イグネアの身体は後方へと傾いた。
「ひええええ!」
 壮絶に青ざめながら倒れてゆくイグネアの腕を、ヒュドールが咄嗟に掴んだ。が、引き上げる前に彼自身も巻き込まれてしまい、何と二人揃って地面の向こうへと消えてしまったのだ。

「冗談だろ?!」
 思わず声を上げたのはリヒトだ。すぐに駆けつけたいところだが、こちらも戦闘中であるため余計な動きはかえって命取りとなる。
 それはリーフも同様に考えた事だった。モルを向かわせたいが、ヒュドールなしで三羽倒さなければならないため、こうなったからには奴にも闘いに専念してもらわなければ危機だ。
「とりあえずイグネアの事はヒュドール“さん”に任せて、こっちは倒す事だけ考えようよ」
「了解」
 二人の事が気がかりなリヒトとリーフは、この後火事場の何たら的に尋常でない力を発揮し、カディール達を天国へと送ったのである。





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