× 第4章 【炎と烙印】 30 ×





 夜明けと同時、イグネアとヒュドールは再び動き始めた。夜明け、と言ってもまだ太陽が少しだけ顔をのぞかせた程度で、一般的には寝静まっている時候だろう。カディール達も寝ていてくれると有難い、と考えつつ、戦力云々も考慮した上で早い時間に動き出したわけだ。
 昨夜行き止まった岩場は、日の光さえあれば抜けるのは非常に楽だった。難なく過ぎて、二人は慎重に先を進む。群生する木々の枝や絡まった根が時折邪魔になったものの、比較的歩きやすい箇所であったのが有難い。イグネアに至っては、山暮らしが長かったためか非常に慣れた足取りであったが。
 どこにカディールの巣があり、いつ攻撃されるかもわからない。一羽程度ならばヒュドールだけでも楽に相手出来るが、複数現れるとそうもいかなくなる。
 とりあえず今は皆と合流することが一番だ……そう考えていた矢先のこと。
「どうした」
 半歩程度後ろを歩いていたイグネアが突然立ち止まったため、ヒュドールは不審げな顔で振り返った。イグネアはいつになく真剣な表情で、眼鏡の奥の瞳が周囲を探るように忙しなく動いている。
「何か、強い気配がする」
「カディールか?」
「わからない。けれど、懐かしいような気もする」
「懐かしい?」
 この状況で懐かしむ要素がどこにあるのだろうか、という疑心を抱きつつ、ヒュドールも周囲を探ってみるが、特に怪しい気配は感じ取れなかった。気のせいだろうと言ってみても、イグネアは確かに何か感じているらしく、気配のする方向をしきりに気にしていた。
「そんなに気になるなら、行ってみればいいだろうが」
 仕方がない、と溜め息を吐き、ヒュドールは渋々了承した。

 気配は“そこ”に近付くにつれて強まっていった。この感じは何だろうかと疑問を抱きながらも、イグネアは無言で進んでいた。懐かしいという思いと、嫌悪に似た感覚が心を支配していた。足は確かに“そこ”へ向けて進んでいるものの、行きたくない気持ちも同時に存在した。自分でもおかしいと思うが、それが今の正直な気持ちだ。
 森の中をしばし進むと少し開けた場所に出て、木々の合間から不思議な光景が見えた。長い蔦や苔に覆われたそれは、自然の産物ではなく、明らかに人為的な“柱”だった。長い年月の末に崩れ、朽ちているが、およそ千年過ごしたとは思えぬほど形を留めており、等間隔にいくつか並んで立っていた。円形に並ぶ柱は何かの支柱と思われ、もしもここに壁が存在したらひとつの空間が出来上がることだろう。
 強い気配はこの場から発せられていた。ぐるりと取り囲む支柱の中心に立ち、イグネアは空を仰いだ。西の方角に顔を見せ始めた太陽は、相変わらずおぼろげで。けれども夜になればきっと、美しい月の姿がこの瞳に映るはず。
 他の何が残っても良かったのに、どうしてここだけが跡を遺しているのだろうか。九百年もの間この場所で過ごしていたのだ、間違えるはずがない。ここは――
「なんだ、ここは」
 背後のヒュドールが不審げな顔で辺りを見回している。彼とて魔術師だ。場の地中深くに眠る魔力を、微かにでも感じ取っているのかも知れない。
 かつてこの場に投獄された魔術師達は、強い魔力を抑制するために【魔錠】で拘束された。さらに張り巡らされた特殊な硝子によって封じ込められた魔力は、やがて逃げ場を失って大地へと染み込み、長い年月が経過した今でも失われずに残っているのだ。
 イグネアがゆっくりと振り返る。真紅の瞳がヒュドールを見据え、そして口元が自嘲気な笑みを浮かべた。
「ここは【聖なる監獄(ユスティシー)】。プレシウの犯罪者が投獄されていた場所だ」
 青碧の瞳が見開かれた。
「それは……」
(わし)は九百年間、大罪者としてここに投獄されていた」
 ヒュドールの言葉を待たずして、イグネアは言葉を続ける。一歩、また一歩と踏み出し、懐かしさと嫌悪の漂う場所を踏みしめるたび、草木が折れて微かな音を立てる。自然に侵食され、荒れて変わり果てたとしても、地中深く眠る力が全てを物語り、記憶を呼び覚ます。魔錠で手足を拘束されて自由を奪われ、絶望に打ちひしがれていたあの頃の風景が広がるようだった。
 どんなに平和な世が訪れても、平穏に包まれていても。この身が呪いに侵されている限り、忘れてはならないし、赦される事もない。再びこの場所に導かれたのは、ついに最後の裁きを下される時が来たのか。
「アンタは……」
 不意にヒュドールが言葉を零した。
「なぜ【紅蓮の魔女】になったんだ?」
 今のイグネアからは、極悪な魔女の姿は想像もつかない。千年も経てば何かしら変化が訪れるのは当然だが、それでも、どうやってもこの人畜無害そうな小娘と【紅蓮の魔女】は結びつかないのだ。
 しばし沈黙が漂う。そうしてやがて、イグネアは少しずつ語り始めた。

「……(わし)は六つの頃から戦場に立っていた。いわゆる“戦災孤児”でな、気付いた時には両の親は何処にも存在しなかった。リーフも同様で、私らは当時でも珍しく、幼き頃から戦に馴染んだ魔術師だった」
 いつ、どこで失ったのかさえ覚えていないから、親の顔も忘れてしまった。そんな小さなうちに、イグネアとリーフは戦場に投げ出された。
 今でこそ“聖地”などと呼ばれて崇められているが、ベルルム大戦以前より、プレシウという土地は日々無益な争いが繰り返される荒れた大地だった。魔術師達は己が最強と信じて疑わず、力を誇示して他者を制圧する事こそが生きる証しであると信じて疑わなかった。
 そんな時代に生まれた子供は、戦いの中で成長し、生きる術を学んだ。今のように豊かでなかったから、孤児は食べるものに困る日さえあったほどだ。
 リーフと知り合ったのはもちろん戦場でだ。どちらかといえば味方に近い属性ではあったものの、友人などという生易しい関係ではない。リーフは同じような境遇でも立派に成長し、果ては若くして【裁判官】にまで成り上がった。
(わし)はリーフのように賢くなかったから、善事と悪事の区別などしなかった。たしなめる者もいなかったからな、この瞳に映るものが全てと信じ、生きるためにはあらゆる手を尽くした」
 今の平穏の世に生きる者には信じ難いだろうが、それが真実だ。
(わし)が【紅蓮の魔女】と呼ばれるようになったのは、ベルルム大戦が始まってからだ。当時は女が魔術師となるなど皆無であったが、私は数多いた炎の魔術師の中でも秀でた力を持っていた。みな執拗に私に取り入った。“このような幼子に頭を垂れるなど、恥も知らぬ”と心中では馬鹿にして笑っていたがな。初めはそれで気分も良かったが、やがて“傲慢だ”だの“臆病者”だのと悪く言う者も出て来た。そういう輩が増えると、今度は無性に鬱陶しくなった。だから、殺したのだ」
 それが、ベルルム大戦の始まりだった。
 善悪の区別のつかぬ、まっさらな心に抱いた感情のみで動く幼き魔術師は、耳障りな声と怒りを払拭するため、炎の獣たちを操って大地を焼き払った。
 抗うことさえ許されず、虫けらのように焼き尽くされる世界が、たまらなく可笑しかった。“これだから女は”“これだから餓鬼は”と散々罵っていたくせに、命が危うくなると必死に媚びへつらう様に吐き気がした。
 この力は最強なのだと確信した。誰も私を止める事はできない。炎が全てを従えるのだと思うと、心の底から笑いが起きた。だから、みな【魔女】と呼んだ。この残酷な光景を目の当たりにしても笑えるあの女は、紅蓮の炎と化した悪魔に魂を売った【魔女】である、と。
 風を孕んで炎が勢いを増すように。小さな争いは大規模なものへと発展し、そうしてやがて【ベルルム大戦】を巻き起こした。
 その後は、数々の歴史で語られる通りである。全てを焼き尽くした大戦の先導者【紅蓮の魔女】は大罪を犯して捕えられた。そして、千年もの間呪いを抱えた身体で無様に生き続けているのだ。

「死を望んだ(わし)をリーフは生かし、死んで全てから逃げるよりも辛い刑を与えた。初めはなぜ殺さなかったのかと怒りを感じたが……今なら、その理由がわかる気がする」
 千年という恐ろしく長い時間が経過した今は、まるで異世界のように全てが異なり、そして平和だ。戦しか知らずに生きて来た身には、この変化と孤独はあまりにも辛く、そして寂しいものだった。それでも不変の身では他者と関わる事は許されず、人知れず生きていく事を運命づけられた。死さえ自由に出来ぬ身体は時に便利でもあったが、やはり負担だと思える事の方が多かった。
 だから……
「もしも呪いが解けたら、この長く続いた人生を終わらせようと思っていた。リーフについて来たのはそのためだ」
 それはつまり。
 呪いが解けたら死のうと思っていた、という意味だと理解したヒュドールは、再び瞳を見開いた。何か言おうとして口を開くと、言葉より先にイグネアが振り返り、そして少し寂しげに笑った。
「けれど、長く生きすぎたせいか欲が出て来たらしい。いざその時が近づくと、“もう少し”と思うようになった。人とかかわる事を避けて来たはずが、この平穏な生活も悪くはないと思えるようになった。そうしていつからか、ずっと一緒にいられたらと願うようになっていた。そう思えるようになったのは……おぬしらのおかげだ」
 あの日、ヒュドールとリヒトが山奥に現れて、連れ出してくれなかったなら。人の温もりも優しさも、人と触れ合うことの楽しさも、何も知らずに延々生き長らえるだけだった。
 最初はとても疲れたし、迷惑だと思っていたのは正直な心だ。けれど王宮を出る頃には確かに、別れを惜しむほどに二人の存在は大きなものへと変化していた。そしてリトスでまさかの再会を果たし、やがて帰るのだろうと知った時、無性に寂しさを感じたのも事実である。
 けれど、と考えてイグネアは俯いた。
「解呪が不可能ならば、おぬしらとも別れなければならないな。本物のカディールが見つからなければ……全ては夢のような話なのだ。やはり大罪者である私は、何かを望む事さえ許されないのかも知れない」
 いっそ殺せと願った千年前も、そして、皆と一緒にいたいと願う今も。どうあっても自分の“望み”は叶わないものなのだろう。きっとそれこそが、自分に科せられた最大の罰なのだろう。それほどまでに、自分は数多の夢や希望を奪ったのだから。

 ふいに空気が揺らいだ。何事かと顔を上げると同時に影が差し……気付けばヒュドールに抱きしめられていた。
「な、なんだっ?!」
 突然のことにイグネアは焦り、逃れようとしてもがいてみたが思った以上に力強くびくともしない。以前同じように抱きつかれた(というよりしがみつかれた)ことはあるが、あの時のヒュドールは意識朦朧としていたために特に気にもしなかった。
 しかし、今ははっきりと己の意志に従っての行動なのだろう。そう思うと何でか妙に緊張してしまい、なおかつ焦りは募るばかりである。
 なぜこんな展開になっているのか……と大いに狼狽するイグネアをよそに、ヒュドールの表情は真剣だった。
「……呪いが解けなくてもいい。俺が、ずっと傍にいてやる」
 言葉と共に背に回された腕が力強さを増し、イグネアは思わず言葉を詰まらせた。
「アンタは前に言ってたな。死ぬ時は一緒に連れて逝けと。だったら望み通りにしてやるし、誰の目からも護ってやる。それでも、どうしても辛くなった時は、俺が命を絶ってやる。だから……一緒に帰ろう」
 真紅の瞳が見開かれた。何事にも動じないはずの心がどきりと音を立てた。その言葉は、これまで聞いた何よりも重く。そして痛烈に心を揺さぶった。
 今まで“逃げる場所”や“目指す場所”はあっても、“帰る場所”などなかった。もはや故郷と呼べる場所を失った自分には、それが許されないもののように思えていた。だから、ヒュドールの言葉がとても輝かしく思えた。そんな風に言ってくれて嬉しかった。
(わし)は……」
 戸惑いはそのまま態度に表れた。わずかに身じろぐと、強く抱えていた腕の力が緩まり、苦しさが和らいだ。改めて状況を把握し、イグネアはさらに戸惑った。おろおろと瞳を泳がせていると、今度はヒュドールの指が頬に触れ、顔を上げさせられた。
 少し切なげに細められた青碧の瞳、ゆっくりと近づく麗しい貌に、イグネアはぎくりとした。過去、リヒトやリーフに何度か迫られた光景が頭をよぎる。あの二人ならばともかく、最も縁遠いと思われた相手に同じように迫られ、どうしていいかわからずに身を強張らせていたが。

 鳥の声を聞いた気がして、イグネアははたと我に返った。もう一度耳を澄ましてみれば、確かに何か聞こえる。
「今なにか、声が……」
 と言いつつ明後日の方向へと身をよじらせてしまい、すっかり肩透かしを食らったヒュドールは思い切り頬を引きつらせた。これでは猛烈に恥ずかしいのは俺の方ではないか……! などと内心で激しく毒づくも、やはり今はそんな場合ではないと気を取り直し、イグネアの視線の先を追った。
 辺りを警戒しながら、少しずつ慎重に進んでゆく。そうして、数多の大樹や草木が生い茂り、緑に囲まれた場所にたどり着くと、真紅と青碧の瞳が驚愕に見開かれた。
 七色の翼と、銀に輝く長く美しい尾。その鳴き声はまるで歌声のように透明で儚いと言い伝えられる魔鳥【カディール】。ゆっくりと瞼が開かれ、露わになった“玉のような”翡翠の瞳には、強い魔力と純粋なる怒りを湛えていた。
 千年前に感じていた、その強い魔の力を全身に受け、イグネアは思わず身震いをした。まさか、と己の瞳を疑った。
「ほ、本物だ……!」
 言うやいなや、イグネアを庇うようにしてヒュドールが一歩進み出た。彼とて魔術師、さすがに偽物との違いを感じたのか、その表情は硬く、息を呑むほどだった。
 あのリーフですら諦めた“本物”が、まさか存在するとは。ここまでの苦労は報われた。あいつを仕留め、血を採取する事が出来れば、夢と思われた解呪が可能になる。
 しかし、カディールとてそう易々と捕まってやるほど善意的ではない。むしろ領域を侵された事で相当怒っているらしく、高い鳴き声を上げながら見事な翼を広げ、こちらが身構える間もなく火炎を吐き出したのだ。
「とりあえず、逃げろ!」
 唸りを上げて迫りくる炎はまるで大蛇のようで、ものすごい勢いだった。二人は咄嗟に逃げ出した。さすがは本物、一筋縄ではいかないようである。
「どど、どうするっ?」
「悔しいが、俺一人で太刀打ちできそうにない!」
「ならば、(わし)があの炎を操って……」
「馬鹿か! そんな事させられるわけないだろうが!」
「しかし(わし)はともかく、このままではおぬしが危険だぞっ」
 確かに炎にしても本体にしても、追い付かれてしまえば一巻の終わりである。だからと言ってイグネアに魔術を使わせれば、彼女が危険な上に自分の身も危うい。
 さてどうするか。逃走しながらもヒュドールは一考した。
「おい、あの魔術玉とかいうヤツはまだ持っているのか?」
「へ? ああ、あと一つあるぞ。残りは全部モルにくれてやったのだが……」
「大技を使うから、少し時間稼ぎしろ! 外すなよ!」
 と言ってヒュドールは急に立ち止まり、背後を振り返った。
「えええっ? は、外すなと言っても……」
 先ほどの命中率を思い出せば、それは到底無理な話である。が、ここはヒュドールの命もかかっている事だし、やるしかない。イグネアは大きく振りかぶり、手にした緑色の魔術玉に願いを込め、思い切り投げつけた。
 勢いづいた魔術玉は、幸運な事にカディールの翼に激突し、小さな竜巻を生んだ。風に巻かれて七色の羽根が舞い散った。
「やった!」
 イグネアは思わず笑顔を浮かべ、見事命中した事を喜んだが、この行動がカディールの怒りを煽ったのは言うまでもない。
 魔術玉程度では翼を折るまでには至らなかったようで、悠々と空を飛ぶカディールはその翡翠の瞳でイグネアをねめつけ、炎と共に怒りの声を上げた。
 その時。

来たれ、氷の騎士(ライ・ダス・エクエス)!」

 青碧の瞳がギラリと妖しい光を放ち、二本の指が宙に印を切る。
 声高な呼び声に応じて、辺りの空気が急激に温度を下げ、冷えた風がヒュドールの周囲に集結し、渦を巻き始めた。
 何処からともなく馬の嘶きが聞こえると、冷風は徐々に人の形を成してゆく。そうして姿を現したのは……剣に槍に弓、武装して騎馬した“氷の騎士”たちである。
 騎士達は吹雪のような声を上げ、高らかに武器を掲げてカディールに突き進んでゆく。射手が放った矢は翼を掠め、傷を負った箇所を凍てつかせた。続いて長槍が飛び、威嚇する。やや低空飛行を余儀なくされたカディールを、今度は氷の剣が襲う。そうして追い詰めるものの、さすがは太古から長らえた【魔鳥】。華麗なまでの飛行でかわし、再度吐き出した炎で騎士達を一掃した。
「ちっ、やはり駄目か」
 背後を振り返りつつ、ヒュドールは不満げに舌打ちした。あの程度で倒せるとは思っていなかったが、もう少し足止めに役立ってくれても良かったのだが。
 その隣を走りながら、イグネアは感心していた。あの術はプレシウの魔術師でもなかなか扱える者がいなかったと記憶している。動きある騎士を、しかも複数創り上げるにはそれなりの魔力を要するからだ。
「おぬしは、なかなか凄腕なのだな」
 と思った事を口にしてみるも。
「そういう賛辞は、後で嫌というほど聞いてやる!」
 ついに全ての騎士達を焼き払い、カディールが目掛けて飛んでくるのが見え、危険を察知したヒュドールはイグネアの腕を掴んで横に逸れた。そのおかげで間一髪、飛散してくる羽根の猛攻をかわしたのだが……飛び込んだ先はまたしても崖っぷちで、二人は再び宙を舞うこととなった。
「ひえええっ!」
 悲鳴を上げて真っ逆さまに落ちてゆくイグネアを掴もうと、必死に手を伸ばすも届かない。ならばと魔術を発動させるべく、ヒュドールは印を切ろうとしたが。
 不意に不自然な風が吹き荒れ、勢い良く落下する二人の身体を受け止めた。かと思ったら、目の前を隼のような勢いで何かが横切り、イグネアの姿が消えていた。

「お(ぬし)は何度落ちれば気が済むのだ」
 声に反応してぎゅっとつぶっていた瞳を見開くと、目前には呆れ返った(黙っていれば)愛らしい横顔があった。
「リーフ!」
 何でこいつがいるのかとかいう事情は、この際どうでもいい。助かった……と思った所でヒュドールの無事を確かめるべく背後を見遣れば、あちらはモルとリヒトが手助けしている様子。
 リーフに抱えられたまま、とりあえず合流できて良かったとイグネアは安堵の息を吐いた。が、悠長にしている場合ではないとすぐさま思い出す。
「聞け! “本物”がいたのだ!」
「何だと?」
 さすがのリーフもこれには驚かされたらしい。深緑の瞳が、珍しく無防備な感情を浮かべていた。
「だが、こうしてはいられないのだ。(わし)らを狙って追って来ている!」
「ならば好都合ではないか。返り討ちにしてくれる」
 にやり、とリーフが愛らしい顔に似つかわしくない不敵な笑みを浮かべたと同時。
 歌声のように澄んだ鳴き声を上げ、遠い上空を銀の巨鳥が飛び去って行くのが見えた。
「あの方角は……」
 考えて、リーフの表情が一気に険しさを増した。
「リトスの方向だ」
「なっ! なぜ追って来ないのだっ」
「賢しいあやつの考えそうな事。要するに見せしめだ!」
 こうしてはいられない、とリーフはイグネアを下ろし、すぐさま駆け出した。イグネアも慌てて後を追う。二人の只ならぬ様子に気付いてか、少し離れた場所にいたその他三人も続いた。
「どこへ行くのだっ?」
 先行くリーフに必死に追いつきつつ、イグネアは問いかけた。
「お(ぬし)らを探しながら、この辺りの地形を探っておいた。この先に、(わし)らが使った地下道への入り口がある」
 説明通り、草木を分けて突き進んだ先には目的の場所が見えて来た。
 地下道の入り口に到達するや否や、リーフは迷わず飛び込み、そして小柄な体型をここぞとばかりに駆使し、突風の勢いで走って行った。
「と、とりあえず、私たちは先に行きますから!」
 思うように進めないであろう長身の面々を一度振り返り、イグネアもあっという間に暗がりの中へと消えて行った。





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