× 挿話 【リトスへの道】 2 ×




 イグネアとリーフを追ってスペリオルを経ってから早半年。スペリオルが誇る美形コンビは、王直筆の書状を持って町へ村へと渡り歩き、現在大陸ユウェルの東端の町・ニアにやって来ていた。
 明確な目的地は明らかにされていなかったが、二人にまつわる鍵はいくつか存在した。“プレシウ”“呪い”“ミールス”……恐らくこれらに関する情報をたどっていけば、自ずとどこへ行ったのか導き出せる。
 ヒュドールのその探偵ばりの推理は見事的中し、加えてある意味目立つ二人の風貌を頼りに近場の町から捜索を進めた結果、最終的に彼らの目的地がここニアから程近い町・リトスであると判明したのだ。
 小賢しいリーフならば足跡を残すような真似はしなかっただろうが、何せ連れ歩いているのは超が付くほど鈍臭い(しかもこれっぽっちも自覚がない)イグネアだ。知らずのうちに痕跡を残し、あまつさえこのニアでは、宿屋の主人に「これからリトスへ行く」などと大そう気軽に話していたらしい。全くおめでたいというか、ありがたい女である。

 さて、いくら前線で通用するコンビとはいえ、長旅が続けば疲れも溜まる。リトスへは半日程度で着くというから、向かうのは明日にして今日はもう休もうという事になった。そういうわけで、二人は宿から一番近い店で腹ごなしをしている真っ最中である。
 たいそう繁盛しているらしく、店内はとても騒がしかった。その上夜である今の時候、仕事を終えた男達が陽気に酒を酌み交わしている。その現状にリヒトは普段どおりであったが、神経質なヒュドールは若干苛立ち気味だ。とはいえ、すぐに爆発はしないだろうとリヒトは考える。というのも、半年に及ぶ旅で色々と緩和されているからだ。
 元より他人に興味のないヒュドールは、余程のことがない限り周囲の人間を相手にしない。それでも麗しい見た目につられて女どころか男さえも絡んでくることが多々あり、そういう場合は容赦なくキツイ上に鋭い毒舌で追い返していた。
 最初の頃はそれが頻繁に起こり、ヒュドールは大そう苛立っていたものだが、最近では軽く鼻で笑い飛ばすだけで済んでいたりする。知的系美青年にやられると、ある意味攻撃(口撃?)されるよりも精神的ダメージが強いらしく、相手はかなりの衝撃を受けて逃げていくので、リヒトとしても面倒事が勝手に去っていくので少しはありがたく思っている。
 それより何より驚愕するヒュドールの変化は、他人の作った料理を口にするようになった事だ。リヒトもこれには正直に、はっきり言って驚いた。それでも可能な限りは自分で料理しているが、どうしても無理な時は(渋々だが)こうして外食もするようになった。さすがに半年も城の外での生活を余儀なくされると、こうもたくましくなるのかと感心したほどだ。
 それにしても、約八年もの間己の力のみで生きて来た男がこうまで変わるとは……あの子の影響力はよほど強いらしい、とリヒトは常々考えていた。
 
 当然というべきか、入店した途端に二人は思い切り衆目を集めていた。幸か不幸か女性客が少なかったために黄色い悲鳴は響かなかったが、それでも美形青年を見る機会が少ないのか、客達は揃って遠慮なく興味深々で二人を眺めていた。いくら短気が治ったとはいえ、さすがにヒュドールは不愉快気だ。
 適当に席について適当に注文をして待つ間、リヒトはテーブルに肘を付いて手のひらに顎を乗せ、若干疲れたような表情で話し出した。
「それにしても……リトスだっけ? そんな辺ぴな町に何の用があって行ったんだろうね?」
 周囲の喧騒に眉間にしわを寄せ、気難しげな顔をしていたヒュドールの肩がぴくりと動いた。
「置手紙にあった知り合いとやらが住んでるんじゃないのか?」
「ああ、そうか」
 と言ってリヒトは納得していた。
 リーフがイグネアの従弟ではないという事実に気付かれたとはいえ、リヒトには核心に触れる詳細は一切話していない。というか言えるわけがないので、二人に共通する鍵は何とか上手くごまかした。とはいえ鋭いリヒトのことだ、いつか感付くかも知れないが。
 全く、この俺の様々な努力をあの小娘にどうやって思い知らせてやろうか。本気でこっちが呪われている気分だ……などとヒュドールは内心でブツブツ文句を言っていた。
 それから程なくして、いくつかの料理が運ばれて来た。二人はテーブルに並べられた料理に適当に手を伸ばし、同時に口に運んだが……
「……ッ……まずい……!」
 二人揃って遠慮もなく渋い顔をし、口に手を当てて眉間にしわを寄せた。
 味が薄いとか濃いとか、辛いとか甘いとかいう以前に、そういう表現も出来ないほどの未知の味だ。舌が肥えているリヒトはこの酷い味に閉口して青ざめ、近いからと安易な理由でこの店を選んだことを後悔していた。
 そして自身がシェフ並の腕前を持つヒュドールはというと――この破壊的なまずさに即刻怒りを爆発させた。ガンッ! と盛大な音を立ててテーブルを叩きつけて立ち上がり、青碧の瞳にこの世の全ての怒りを湛え、足早に店の厨房へと歩いていく。額にはくっきりと怒りの証が刻まれていた。
 そんなヒュドールに、どこからともなく酔っ払いが現れて絡んできた。無精ひげを生やしたデカいオッサンだ。酒瓶片手に陽気にヘラヘラと笑っている。
「よう、綺麗な兄ちゃん! 怖い顔してどうした?」
 ヒュドールの肩に手を置いて、オッサンは馴れ馴れしく声をかけてきたのだが……
「ぐふうッ!」
 次の瞬間、(再び)スネに強烈な一撃を食らって身悶えていた。
「死にたくなければ引っ込んでいろ!」
 スネを押さえてうずくまるオッサンの前に、鬼神の表情を浮かべたヒュドールが立つ。もう誰も止められないほどに彼は怒っていた。これ以上逆鱗に触れれば、氷漬けにして川に捨てられそうな勢いである。
 ちなみに。ヒュドールは魔術師のくせに良く足を出す。その技といえばなかなか見事なもので、加えて固いブーツの踵で蹴られたスネは相当に痛いだろうな……と座席から一歩も立ち上がらずにリヒトは呑気に見守っていた。しかもスペリオルを出て以来、その足技披露の場が格段に増えつつある。本人いわく「護身だ」そうだ。

 なぜか予想以上に悶絶する酔っ払いを放置し、ヒュドールは遠慮なく容赦なく厨房へと踏み入った。当然、そこで料理をしていた中年オヤジは驚いていた。
「な、なんだねあんたは!」
「なんだね、だと?」
「ひいっ!」
 怒れる魔人が降臨した繊細系美青年は、それはそれは恐ろしく見えたらしい。手にしていた“おたま”を放り投げ、後退りしていた。
「貴様はあのクソ不味い料理で金を取るつもりか?」
「ま、まずいとは失礼だな! 食ったのならば払ってもらうに、きき、決まっているだろう!」
 恐ろしさのあまり若干どもりつつ、中年オヤジは勇敢にも反撃をした。
 しかし、ヒュドールは鼻で笑う。
「そこをどけ」
「は、はい?」
「いいからそこをどけ!」
「はいいい……!」
 青碧の瞳にギロリと睨まれ、オヤジは大慌てで厨房の隅っこまで逃げ惑った。とても哀れである。
「あ、どうせやるんなら俺の分も作ってね」
 遠くから呑気なリヒト声が響いた。そんなリヒトを完全なる余波で睨みつけ、ヒュドールは腕まくりをすると、その辺にあった適当な材料をせっせと刻み始め、そう時間もかけずに見た目もよし、味もよさそうな料理を作り上げた。
「おおおおお……! すげえ!」
 いつの間にか厨房に集まっていた客達が、あまりの手際の良さに歓声を上げた。が。
「うるさい!」
「ひいっ!」
 一喝され、すぐさま身を縮こまらせた。
 しかしその中で、あまりの魅惑の料理に耐え切れず、勇敢にもヒュドールの創作物に手を出した男がいた。
「貴様、勝手に食うな!」
 と怒声を上げるが時すでに遅し。男はまるで珍獣に出会った時のように衝撃的な表情を浮かべ、感動を言葉に出来ずに震えていた。
「う、う、う、うまい……! 俺、こんなうまいもの食ったの初めてだよ……!」
 感動で涙すら浮かべた男は、神に出会ったかのような羨望と崇拝の意を込めた眼差しでヒュドールを見つめていた。一般的には破壊的なまずさでも、どうやらこの町の住民には慣れ親しんだ味のようで、うまいともまずいとも感じなかったらしい。
「兄ちゃん、俺にも作ってくれよ!」
「あ、俺が先だ!」
「やかましい! 誰が貴様らの分までやるか!」
 俺も私もと騒ぎ出した客達は、もはやヒュドールの言葉なんぞ聞いていないらしく、彼の意思など完全無視でああだこうだと言い争いを始めた。収まりの悪い喧騒が間近で繰り広げられ、ヒュドールがいよいよ怒り爆発させそうになった時。
「頼むよー。金は倍払うからさ!」
 誰だか知らんがそんな余計な台詞を吐いた輩のせいで、あろうことか店主のオヤジが突然に目を輝かせてしまったのだ。
「おい、あんたら! 兄ちゃんは一人しかいないんだ、きちんと並びな!」
「はーい」
 散々騒いでいた客達は、オヤジの一言で大人しくなり、各々空いた皿を片手にきちんと整列し始めてしまった。
 なんだその無意味なまでに立派な統率力は! と遠慮もなく口にして突っ込んでみたものの、もはやどうにも出来ず……ヒュドールはその後、数十人分の料理を(オヤジを助手に)作るはめになってしまったのだった。ちなみにリヒトはさっさと自分だけ食事を済ませて帰ってしまったが。

 それから数日間、噂を聞きつけた町人達がこぞってこの店を訪れ、ヒュドールは町を出るに出られず、強制的に店で働くことになってしまった。しかもようやく出発という時にまで町人達は押しかけ、大変別れを惜しんでいたそうな。
 ちなみに倍の料金をせしめたオヤジは、一気に町一番の金持ちになったとのこと。


 挿話【リトスへの道】・完




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