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 メリーアンとサージュは、一つ違いの姉弟だ。性別は違うというのに、幼い頃はよく他人から間違われていた。年頃になると、メリーアンは髪を長く伸ばし、サージュは背が伸びた。それでようやく見分けがつくようになったのだが、もしも二人が同じ格好、同じ髪型にしたなら、遠目に見れば双子と見紛うだろう。金の髪と青い瞳の整った顔立ちは、母親譲りだ。
 母は心臓の病を患って八つの時に亡くなったが、それまで二人は何不自由なく暮らしていた。母の実家は裕福な家庭で、一人娘という事もあり、衣食住は一般的な家庭よりも満たされていた。そんな環境でも母は決して奢る事などなく、誰にでも優しくて。メリーアンもサージュも、母が大好きだった。
 母の死後、姉弟は唯一の肉親である、別居中の父親に引き取られた。八歳から十年間は、それまでの幸せが夢だったかのような生活苦だったとメリーアンは記憶している。
 父はろくでもない男だった。一度は教授にまで上り詰めたものの、晩年は奇怪な研究に没頭し、大学を敵に回した挙句に追放処分を受けた。その後は家に入り浸り、部屋に篭り切りで研究とアルコールに溺れた。当然、収入など無かった。
 同じ屋根の下に住んでいながら、顔を合わせるのは週に一回程度。話をするといえば「酒を持って来い」くらい。家族なんて言葉は、ただの表記でしかなかった。
 それでも何とか生活できたのは母のおかげだった。自分の死後、可愛い娘と息子の行く末を案じていたのだろう。財産を残してくれていたのだ。しかし、それもほとんどは父の酒代と研究費に消えていった。

 父が取り憑かれたように研究していたのは、悪魔の召喚だった。それに関連して、邪教信仰や黒魔術など、とにかく万人が受け入れ難いものに熱意を燃やしていたのだ。それがどういう研究だったかなんて知りもしないが、働きもせず、外出もせず――そんな父親を、子供ながらに「変わり者だ」と感じていた。
 不健全な研究とアルコール漬けの不健康な生活は徐々に身体を蝕み、ついに先月、父は他界した。ほっとしたというのは、嘘ではない。
 父親らしい事など何一つしてくれなかった父は、死んでもろくでもない男だと思った。メリーアンとサージュに遺されたのは、多額の借金だけだった。悪魔祓いの気持ちも込め、ささやかな葬儀を終えた後、見知らぬ男が何人も訪ねて来たのだ。母の遺産の残りで何とか返済は出来たものの、それでも足りなかったのか自宅は差し押さえられてしまった。
 追われるように家を出たメリーアンとサージュは、今まで一度も行った事がない片田舎の村・エレフへと移り住む事にした。そこには、父が借金の他に唯一遺した古い屋敷があったのだ。




◆   ◆   ◆




 派手な排気音を立て、真っ黒な煙を吐き出しながら、バスが遠のいてゆく。
 首都に程近い町・シュタットから公共バスを乗り継ぐ事約四時間、座りっぱなしで固まった身体をぐっと伸ばし、メリーアンは大きく息を吐いた。深呼吸を繰り返して気分を落ち着かせ、青の瞳が周囲を見渡す。周辺には見事なまでの田園風景が広がり、遠くに連なる山々には緑が生い茂る。町中とは違い、さすがに空気は綺麗で気持ちが良い。
 しかし。
「バスは早朝発が一本、夕方着が一本、それを逃せば村から出る事も帰る事も出来ないって。すごい不便だね」
 手にしたメモに青の視線を落としつつ、サージュが苦笑した。これまで住んでいたシュタットは、一歩外に出れば様々な店が建ち並ぶような所だった。それを考えると、不便としか言いようがない。
「そうね。でも自給自足で成り立ってる村だっていうじゃない。きっと、そんなに不便ではないんじゃない? それにこんなに自然が溢れる場所も悪くないと思う」
「ずいぶん前向きだね」
「だって、これまでが悲惨だったもの。あれ以上悪い事なんてあるはずがないわよ。そのせいで、あんただって……」
 メリーアンは表情を曇らせた。父のせいでまともな暮らしができなかったため、サージュは十五の時に母と同じ心臓の病を患ってしまったのだ。今では大分良くなっているとはいえ、激しい運動は禁物だし、風邪が悪化すれば命の危険も考えられる。
 母を奪った病で、唯一の肉親、大切な弟を失いたくない。一人になるのが怖い――そんな想いから、メリーアンはサージュに対して少々過保護な所がある。もう十八と十七なのだから、と分かっているが、どうしても世話を焼いてしまう時がある。少しでもサージュの負担を緩和させてあげたいと、力仕事でも何でもメリーアンが代わりにやっていたほどだ。
 さきほどの前向き振りはどうしたのか、考えているうちにメリーアンの表情は暗くなっていった。その傍らで、サージュが困ったように微笑む。
「病気もきっと良くなるよ。だからそんなに落ち込まないでよ、姉さん」
「……そうだね」
 笑顔を取り戻したメリーアンにほっと溜め息を吐き、サージュは二人分の衣装ケースを持ち上げた。
「じゃ、そろそろ行こうか」
「あっ、それは私が持つから!」
「いいって。これくらい持てるよ。男だからね」
 サージュは片目を瞑り、先に歩き出した。
「もう……具合悪くなったって、知らないからね!」
 取り残されていた荷物を一つ持ち、少しばかりの不安と大きな期待を胸に、新たな生活を目指してメリーアンは弟の後を追って行った。




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