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 舗装のされていない田舎道を走るバスは非常に揺れた。走りたてで温度の上がらぬ車内、心地良いとは言えぬ固い座席に身を預け、目的地に到着するまでメリーアンは眠っていた。
 これから始まるのは、復讐劇。捨てるものがない今、引き返すことは頭にない。だから、このわずかな時間だけでもいい。疲れた体を休めたかった。

 エレフから早朝のバスに乗り込み、揺られること約四時間。かつて自身が住んでいた町・シュタットへ戻ったメリーアンは、自宅のあった場所へと足を向けた。
 今は更地となってしまったその土地を見つめ、青い瞳が落胆の色を浮かべる。シュタットへ戻った目的は、我が家を懐かしむためではない。かつて父が作り上げていた研究資料が、もしかしたら残っているかもしれないと考えたのだ。
 父は、間違いなくゼタルの存在を知っていた。だからこそあの屋敷を手に入れたのだろう。狂っていたとはいえ教授まで上りつめた男だ、馬鹿ではない。ゼタルがどんな存在で、どんな対処をすればよいのか……きっと調べていたはず。
 しかし、家ごと失ってしまってはどうにも出来ない。懐かしさは募るものの、一刻を争う今は立ち止まっていられない。
 後ろ髪を引かれる思いを抑え、メリーアンは足早に立ち去った。

 シュタットからから新たにバスを乗り継ぐこと、約一時間。
 メリーアンは首都・ネヴァへとやって来た。
 田舎町と違う都会は一転して華やかな雰囲気が漂い、メリーアンは思わず溜め息を零した。冷たい秋風に吹かれてコートの前を掻き合わせて首をすくめつつ、辺りを見回してみる。丁度街中が活気づく昼の時候、賑やかな声がそこかしこから聞こえ、少しだけ足取りが軽くなる。残念ながら本日の天気は曇りだが、久しぶりの空に思わず笑みが零れた。
 しかし、こうしてエレフから出てみれば、月蝕の闇は確かにあの村だけを包んでいるのだと知れた。自分が消えた今、村人達はどうしているのか……そうしてゼタルの顔を思い出したメリーアンは、表情を引き締めて“ある場所”へと向かって歩き始めた。

 かつて父が教授として大学に籍を置いていた頃、ずいぶんと世話になっていた人がいた。親身になって父の面倒を見てくれ、そしてメリーアンやサージュを我が子のように可愛がってくれていた、教授のミルト=グライスハール、その人だ。父がおかしな研究に没頭し、大学を追放された時も、最後まで大学側に取り入ってくれたと聞いている。
 先に大学に立ち寄って所在を確かめてみたところ、すでに教授職を退いているため常在しておらず、今は非常勤で講義を行っているだけだという。普段は自宅でのんびり暮らしているらしく、元教え子だと偽ると、受付嬢は親切にも住所を教えてくれた。
 メモを片手にメリーアンが向かったのは、中心街から少し離れた街中にある、変哲もない一軒家だ。さほど大きくないのは、恐らくミルトが“独身”だからだろう。若い頃に妻に先立たれ、子も持たぬ身だったからこそ、父、そしてメリーアンやサージュを可愛がってくれたに違いない。
 チャイムを鳴らして、少し待った。
 不在なのか、それとも聞こえなかったのか……もう一度、鳴らしてみようとした時だった。
「どちらさんかね?」
 警戒もなく扉が開かれ、白髪の老人が顔をのぞかせた。豊かにたくわえた口ひげは教授時代の名残とばかりに、少しだけ威厳を放っている。以前会ったのは、確か二年前だったか……痩せていたあの頃よりもずいぶん風貌が変わっていた。
 やや太めの老人・ミルトは、そこに立っている少女見つめてしばし止まった。そうしてやがては懐かしい顔を思い出し、その名を呼ぶ。
「……メリーアンか?」
「お久しぶりです、先生」
 名を呼ばれ、メリーアンは強張った笑みを浮かべた。
 先生という呼称すら、口にするのも懐かしかった。
「ああ、本当に久しぶりだ! 少し痩せたかね? ああ、そんなことよりも良く来たね。とにかく中に入りなさい」
 メリーアンのやせ細った手にそっと手を重ね、ミルトは表情を歪めた。セリオ家の事情を知っていたからこそ、彼女の状態を痛ましく思ったのだろう。
 優しく迎えられ、メリーアンはほっとしていた。内心では、もしも忘れられていたら……拒絶されたらどうしようかと、不安だったのだ。
 屋内はたくさんのランプで彩られ、明るく、何より暖かかった。
 冷えた心と身体が芯から温まる気がして、メリーアンはほっと息を吐く。何の変哲もない、一般的で普通の屋内の風景が心を落ち着かせ、これまでの出来事を忘れさせてくれそうな錯覚に陥った。
 けれど、忘れてはならない。ここへ来たのは、全て復讐のため。サージュやマリアを殺し、悪夢に堕とした悪魔を滅ぼすためだ。
「最後に会ったのは二年くらい前かね。ずいぶん見違えたよ」
 恐らく、女性らしくなったとか大きくなったとか、そういう意味で言ったのだろうと理解出来る。けれど悪夢に落とされた数日間、ろくに食事や睡眠を摂っていなかった風貌は、誰の目に見ても異様だったに違いない。
 差し出されたお茶入りのカップを受け取りながら、メリーアンは力なく笑むことしか出来なかった。
「何か、大変な思いをしたんだね。私で力になれることがあるなら、何でも言いなさい」
 まるで、こうして頼ってきた理由を見透かされたかのようで。
 はっとして顔を上げると、向かいの席でミルトが微笑んでいた。
「おや、私を頼って来てくれたのではなかったのかな?」
 今度はおどけた表情を向けられ、メリーアンは思わず破顔した。優しい笑顔に、ちょっととぼけた性格――あの頃から少しも変わっていない。だから、ミルトのことが大好きだったのだと思い出した。
 ミルトの笑顔と温かなお茶のおかげで、ずいぶん気持ちが落ち着いた。暗い影を宿していた心にほんの少しだけ光が射した。
 けれどこの心が晴れるのは、あの悪魔を滅ぼした時。そのために今、やらなければならないことがある。意を決し、メリーアンは顔を上げた。
「先生。先生は、これから私が話すことを信じてくださいますか?」
 非現実的な“現実”がこの身に起きた。誰に話したって疑われ、不審に思われることだろうと自覚している。その理由は、父の研究が世に認められなかったことを考えるだけで十分だ。
 メリーアンの青い瞳が、じっとミルトの顔を見つめた。その瞳には純粋さと、何かに向けられる強い想いが込められていた。それが復讐だなどと、この時ミルトは考えもしなかっただろうが……
「君は、昔から素直で優しい子だった。不遇な立場に置かれても、決して擦れることなく純粋な心を養っていた。人は、どんなに風貌を変えても、その性根まで変えてしまうことは難しい」
 ミルトの瞳が、じっとメリーアンを見返した。
 まるで心をのぞき、試すかのように。
「こうして二年ぶりに訪ねて来てくれた事はとても嬉しい。だが背景に複雑な事情があり、そして君の身に何かが起こったというのは、風貌や様子を見れば明らかだ。君は昔から責任感が強く、他人に迷惑をかけることが苦手だった。だからこそ悩んで考えて、そうしてここに来たのだろう? そんな君を否定することは出来ないよ」
 穏やかな笑みを向けられ、思わず目頭が熱くなる。絶望や嫉妬、怒りや憎悪で流すものとは違う涙が込み上げてくる。
「ありがとうございます……」
「何を言うのかね。君は娘のようなものだ。我が子のことを思わない親など、どこにもいないよ」
 その温かで優しい言葉を、もしも実父が言ってくれる世界に生まれていたなら――こんな“現実”には生きていなかったのだろう。
 込み上げてくる涙を堪え、メリーアンはもう一度、ミルトの顔を見つめた。
「……父が死んでシュタットの家を追われた私たちは、エレフという名の小さな村に移り住みました。借金の形に全てを奪われてしまったけれど、そこには母の名義で残されていた屋敷があったのです。そして、その屋敷の地下には――」

 見目麗しく、愛らしい“悪魔”が住んでいた。
 サージュの血により復活を遂げた愛らしい悪魔は、漆黒の翼を持つ青年を従え、動物の心臓を奪って急速に成長した。
 甦った彼の目的は、遠い過去に奪われた己の心臓。それを取り戻すため、彼は親友を殺し、愛する弟の心臓をも奪って殺した。
 己の心臓を求めて復活した悪魔の物語を、メリーアンは静かに語った。

 メリーアンの話をミルトは正面から受け止めてくれた。普通ならば全く信憑性のない内容を、むしろ頭がおかしいのではないかと疑われたことだろう。
 しかし、ミルトは父をよく知っていた。彼が“他人に受け入れられない研究”に熱意を燃やしていたことも。
「まさか、本当に……。では、あいつの研究は無駄ではなかったという事か」
 ミルトは額に手を添え、愕然とした表情で重い溜め息を吐いた。
 かつて非難されて大学を追われ、狂っていった男の研究が、皮肉にも現実となろうとは……。もしもあいつが生きていたら、どうなっていたことだろうか。
「きっと、父はゼタルに関して色々調べていたと思うんです。その資料が残っていれば滅ぼす方法が見つかるかも知れないと思って……それでシュタットの家に戻ってみたけど、家は跡形もなく無くなっていました。だから、ここに来たんです。先生、何かご存じないですか?」
 ミルトはしばし考えを巡らせていたが、しばらくして思い出したように顔を上げた。
「“あれら”がその資料だと確信は持てないが……見てみる価値はあるかも知れん」
「何か手がかりがあるんですか?」
「ああ、だが大学の蔵書庫に保管してあるんだよ。一般人は立ち入り禁止だが、私が一緒ならば入れるだろう。とにかく、すぐに出かけよう」
 ミルトの言葉に一筋の希望を見出し、メリーアンは深く頷いた。




 車で大学へと向かった二人は、ミルトの口利きで鍵を借り、すぐさま蔵書庫へと足を運んだ。さすがは大学の書庫、数え切れないほどの書物や資料が、高い棚に所狭しと詰っており、ここから探し出すのかと思うと気が滅入るが……しかしやるしかない。
「あいつの研究は人には理解され難いものだったが、物好きな奴も中にはいてね。そういう奴らが保管しておいたものが、確かあったはずだよ」
 滅多に人が近づかないであろう書庫の奥の方から、ミルトの声が響く。一般に使用される資料であれば、入口に程近い、手に取りやすい場所に保管されるのだろうが……受け入れられない人間の、まさに父の末路を物語っているようで、少しだけ虚しさを覚えた。
「ああ、これだ!」
 声に引き寄せられ、メリーアンは手にしていた資料の束を元に戻して奥へと向かった。
 棚と棚の間を、ふくよかな身体が窮屈そうに歩いてくる。その手にしているのは分厚い書物のような束が数冊、それに加えて紙のみの資料が山のように重なっていた。
「全く、保管状況が悪くて敵わん。少し整理してからでないと、何が何だかわからなそうだよ」
 ミルトは幾分呑気であるが、整理なんかしていたら時間を無駄にしてしまう。
 ゼタルがエレフに閉じ込められている時間は限られている。もしも先に心臓の在り処を突き止められてしまったら……あの村から自由に飛び立てる時が来たならば……きっと私を殺しにくるはず。
 ――殺されてなるものか。
 この復讐を遂げるまで死ぬわけにはいかない。彼の心臓を止めるのはこの私なのだから。
「貸してください」
 メリーアンはミルトの手から山のような資料を受け取り、手近にあった机に置いた。
 書物の閲覧を目的としていない場所は薄暗く、文字を読むには不都合が多い。机に設置されている小さなランプ一つでは心許ないが、それでも構わないとばかり、メリーアンは目を凝らして資料をあさり始めた。
 “ゼタル”“マリア”“心臓”“悪魔”――手がかりとなる言葉が一つとしてなければ用はない。さっと目を通してさっさと投げ捨てた。
 メリーアンの鬼気迫る様子にミルトも同調し、延々黙々と作業は続く。何十、いや何百とある紙の束は、かつて父が手がけたあらゆる研究の資料で、それらが不規則に、雑然と混ざり合った状態だった。そこから目的のものを見つけるのは至難の業だった。
 もしかしたら、そんな資料は残されていないのかも知れない。もしかしたら、父はゼタルのことなんて知らなかったのかも知れない。もしかしたら、ゼタルを滅ぼす方法なんて存在しないのかも知れない。
 もしかしたら、もしかしたら……
 徐々に焦りだけが募っていく。何の力も持たない自分より、人ならざる力を持つ“悪魔”であるゼタルの方が、一枚も二枚も上手だ。それにあの漆黒の騎士服を来た従者が、手となり足となり、今頃本物を探して奔走しているに違いない。
 ――もしも見つからなかったら、私はどうなる?
 ゼタルは、この心臓が欲しかったのだと言っていた。だからあのように、好意があると見せかけて利用していたのだと。けれどサージュの心臓を手に入れてしまった今、自分は用無しの存在だ。
 何の躊躇いもなく、殺すのだろうか。それとも、再びあのような悪夢に閉じ込めるのだろうか。それとも……
「はて、これは何だろうか」
 ミルトの声にはっとし、メリーアンは振り返った。
 ミルトが見つけたのは幾重にも折りたたんであった紙だ。広げてみれば、それは一枚の大きな紙だと知れる。
「これは……もしや家系図、か?」
 人と人の名が一本の線で繋がれているのは家系図の特徴だが、一般的に見られるものとは異なり、恐らく父が独自で作り上げたものだと思われる。紙面にはメリーアンやサージュの名前、そして父や母の名前も見つかり、今からさかのぼって十代前くらいまでのセリオ家の系図が記されていた。
 しかし不思議なのは、セリオ家だけでなく、同じ人物を祖とするだろう人間の名前も記されていることだ。言うなれば“遠縁”にでも当たりそうな、会ったこともないような人物の名がいくつも見つかった。
「なんでこんな物を作ったのか」
 役所に行けば、家系図は自ずと手に入れられるはず。それなのに、わざわざ自作した理由とは何だろうか。
 困惑して首を捻っているミルトの背後から紙面を覗き見、書かれている名のひとつひとつを追っていたメリーアンは、ある名前を見つけて瞳を見開いた。
「マリア……?」
 自分の名からさかのぼって、七代前くらいの所に“マリア”という名前があった。
 マリア、マリア=イコーヌ。
 マリアなんて珍しい名ではない。ただの偶然かも知れない。
 けれど直感した。これは、ゼタルの心臓を奪った“マリア”に違いないと。
「先生、ちょっと貸してください」
 ミルトの手から奪うようにして家系図を受け取ったメリーアンは、“マリア”と繋がる人物の名をひとつひとつ確かめた。
 “マリア”には夫と二人の娘がいたようだが、恐らくそこまで調べはつかなかったのだろう、名前は記されていなかった。しかし、娘の一人がセリオ家の者に嫁いでいる。つまり――
「ゼタルの心臓を奪った“マリア”は、私たちの祖先ってこと? でもそんな偶然があるものかしら」
「いや、もしこの“マリア”がそうなのだとしたら、何となく話は繋がる。だからこそあいつは、それこそ狂うほどに“悪魔召喚”などという研究に没頭したのだろう」
 自分の祖先が悪魔と関わっていたのなら実証できるはずだと、そう信じていたに違いない。それは、父の性格を考えれば理解できた。
「“マリア=イコーヌ”という女性について調べれば、もっと詳しくわかるかも知れないな。それこそ、殺して独占するほど愛していたのだから、心臓の在り処に繋がる可能性も高い」
「でも、それだけでは危険です。たとえ心臓の在り処を突き止めて手に入れても、確実に滅ぼす方法を知っておかないと……」
 最悪の場合を考えて対処を知っておく必要がある。手に入れるだけでは駄目なのだ。
 二人は再び資料あさりに没頭した。刻一刻と、無情にも時は過ぎ、ここへ来たのが昼過ぎだったにも関わらず、すっかり夜の時候になってしまっていた。
「そろそろ施錠されてしまう時間だ。今日はもう諦めて、また明日にしよう」
 この蔵書庫に眠っている資料は、たとえ教授といえど持ち出しは禁止である。仕方ないが、明日また来るしかない……ミルトの提案を受け入れ、渋々資料をまとめようとした時だった。
 ふと手に取った一枚の紙に記された言葉が、吸い込まれるようにして瞳に映ったのだ。
 そこには間違いなく、あの悪魔の名が書かれていた。
「待って先生、これ見て!」
 内容が続いていた紙を数枚手に取り、メリーアンはミルトに駆け寄った。焦る気持ちを抑えながら二人で読み進めてみれば、そこには“ゼタル”という悪魔に関する情報が記されていた。

 ゼタルは、魔界でも高位体とされる悪魔である。
 人間にとってはまさに“命”ともいえる心臓は、彼にとっては“核”となり、この“核”が止まらない限り死ぬことはない。
 かつてゼタルは、エレフ村に住む富豪の娘“マリア”に出会い、彼女に心臓を奪われて眠らされた。眠ったゼタルは棺に入れられ、封印を施されて屋敷の地下に安置された。
 封印を施したのは、当時マリアの両親が病み始めた娘のことで相談を持ちかけていた【悪魔祓い神官(エクソシスト)】。悪魔の報復を恐れた神官は、精神を病んだマリアを連れてエレフを発ったが、その後の消息はつかめない。
 ゼタルの“核”である心臓は、彼の身から切り離されても止まることはないし、朽ちることもない。心臓が動いている限りゼタルの身体は存在し続け、また心臓が戻ればゼタルは再び復活する。
 【悪魔祓い神官(エクソシスト)】が使用する聖呪符の封印を解くには、本人、もしくは同族で“純潔”者の血が必要となる。
 また、ゼタルの心臓を止めるのにも同じものが必要となる。血を聖水に混ぜ、本体に程近い場所ふりかければよい。

 これほどまでの情報を、父がどのようにして調べ上げたのかは問題ではない。綴られた文章を読み終え、メリーアンは青ざめていた。
 ゼタルの棺に貼り付けられていた呪符のような紙は、手を切った時に零れたサージュの血により朽ちた。ここに書かれていることが本当なのだとしたら、“マリア”だけでなく“神官”も自分達の祖先という事になる。エレフを発った後、見捨てられずにマリアと婚姻を結んだと考えても不思議ではない。
 そして、最後に記されていた一文。ゼタルの心臓を止めるのにも、同じものが必要――つまり、呪符を貼った本人が死んで存在しない今、必要なのは“同族”の“純潔”なる血だ。
 だからこそ、ゼタルは無理やりにメリーアンの“純潔”を奪ったのだ。たとえ心臓を手に入れられても、滅ぼされぬようにと。封印を解いたことで姉弟が“神官”の末裔であると気付き、先手を打ったのだ。

 ――どんなに恨んでも憎んでも、お前はもう俺を殺せない。

 あの時のゼタルの言葉の意味を、今ようやく理解できた。
 純潔を失った自分の血は、たとえ同族だとしても役に立たないのだ。

 だからと言って諦めるわけがない。この身に宿った復讐心は果たされるまで消えることはなく、傷んだ心が癒されることもない。
 自分が役立たずでも、他に血族を探し出せばいいだけのこと。
「先生、マリア=イコーヌについて調べる手立てはありますか?」
「かなり昔の人だから難しいとは思うが……役所に行けば生存記録や転居録、血縁者などは調べられるかも知れない。可能性は低いがね」
 でも、今は出来る限りの手を尽くさなければならない。
 そして、ゼタルよりも先に心臓を手に入れなければならない。
「行きましょう」
 強い決意の宿った青い瞳に促され、ミルトは静かに頷いた。





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